
須賀敦子は少女時代から「書く人」になりたいと渇望していたが、聖心女子学院高等専門学校3年のころ、キリスト教の洗礼を受け、ヨーロッパの文化に強く傾倒する。
渡欧後は「生きるエネルギーの大半」を注いだ、ミラノのコルシア書店の活動、日本文学をイタリア語に翻訳、帰国後(1971年)はエマウスの実践、大学教師等と、めくるめくような人生を展開する。
「貧困がもたらす社会的不平等への対処」が一連の運動のモチーフだったが、エマウスから身を引き、1990年、61歳の時に最初のエッセー集「ミラノ 霧の風景」を出版し(ちなみに担当編集者が湯川豊氏)、一挙に世間の注目を集める。
須賀敦子は人間とは何ものかという問いに早急に答えを得ようとはせず、エピソードとゴシップを連ね、絶妙な語り口を駆使し、魅力的な人物を生き生きと文章の中によみがえらせた、と湯川は言う。
須賀敦子のエッセーは信仰や思想などの思索に傾くのを拒み、理解するために簡単に理屈をつけず、経験した世界を生のままに再現している。この方法に湯川は刮目(かつもく)している。
つまりエッセー群は、過去の回想ではなく、須賀敦子がパリ留学時代や戦時中の日本をまさに「生き直している」完結した人間のドラマ、長編小説の趣を湛(たた)えていると言う。
種からじっくりと育った大木のごとく、何千年も風雨に耐えられる希有(けう)なエッセーになっていると解析している。
本書が深い感銘を与えるのは、湯川が須賀敦子という自由奔放に枝分かれする人物を見失わず、しっかり把握し、一つの有機体を確かに形成し、強化拡大し、普遍性を表現しているからではないだろうか。
「須賀敦子を読む」には、文芸評論の第一人者の面目が如実に現れている。
須賀敦子に感動を与えられるのは論を待たないが、行間から絶え間なくにじみ出る小説の骨法に、小説を書き始めた者のみならず、長く書き続けてきた人も多大な示唆を受けると思われる。
(又吉栄喜・小説家)
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