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狩俣部落の始まり2009年7月9日  このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

 宮古の狩俣部落は今からおよそ750年前ごろ、現在ウプグフムトに祀(まつ)られているテラヌプズ(女の神様)によって村づくりされたと言われています。
 ある夜どこからともなく男の神様が現れ一夜を共にしたテラヌプズが身籠(みご)もりました。男の神様は素性を明かさないので、ある夜テラヌプズは毎日紡いだブー(上布の原料)を針に通し、男のカタアラ(チョンマゲ)に差して帰しました。あくる朝テラヌプズが糸をたどったところイソガー近くの岩穴に通っていました。その後、女の子供が生まれ、マヤーマツミガと名づけられました。
 男の神様は後にアサテダと称されウプグフムトに祀られるようになり、テラヌプズの子供マヤーマツミガから幾世を経たウプグフマダマから次の物語は始まります。
 ウプグフマダマは7名の子供を授かります。長女マバルマー、長男マヤーマト、次男ユマサイ、次女ススミガ、三女マバラズ、四女マカナス、五女マーズマリャの7名です。
 五女のマーズマリャは後に狩俣村の首長になり女傑(じょけつ)としてその名をとどろかせた神様です。その首長時代、狩俣にはゴーラダマ(曲(まが)玉(たま))などの宝物が大量に貯蔵され、当時宮古全島を荒らし回っていた与那原軍は狩俣の宝物ほしさにマーズマリャに決戦を挑みました。
 それを知った目黒盛豊見親は軍兵を引き連れ、マーズマリャ軍に参加し激戦の結果、与那原軍は敗北に終わりマーズマリャは危うく難を逃れました。その後、マーズマリャからユマサイ主に首長が引き継がれ部落を治めたとのことです。
 このようにテラヌプズの村づくりに始まり、さまざまな世相を経て現在の狩俣部落ができました。実は、私が所長を務める特定非営利活動法人マーズの名前は、マーズマリャのマーズを使わせてもらっています。
(下地克子、NPO法人マーズくこりもや所長)


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