延べ約1400機の米艦載機が沖縄本島など南西諸島の島々を無差別に攻撃し、あふれる死傷者を出した「10・10空襲」から10日で65年になる。
米軍の空襲は1944(昭和19)年10月10日早朝に始まった。夕刻まで9時間続いた爆弾や焼夷(しょうい)弾の投下で、少なくとも軍人・軍属、住民ら668人が死亡、768人が負傷した。
沖縄守備軍の第32軍司令部が置かれた那覇市は9割が焼失し、焼け野原となった。
その光景は、生存者の脳裏に焼き付いていよう。半世紀余の歳月を経ても、決して忘れることができないはずだ。
本紙9日付社会面連載で、空襲を体験し、火の海の市街地を逃げ惑った男性が証言している。「逃げる市民を狙うように、米軍機の機銃掃射が襲いかかってきた。死を覚悟した」と。
家族で避難壕に駆け込んだという女性は「みんなで抱き合って震えた」と、燃え尽きる家の前で言葉を失った日を思い起こした。
戦争は軍隊、兵士間の戦闘行為に限らない。市民を巻き込み、おびただしい犠牲を出すのが常である。にもかかわらず、21世紀に入ってなお、武力による国家間の争いが絶えないのはどうしてか。
小泉政権下の2004年に施行された国民保護法は、外国から武力攻撃などを受けた際、国民の生命、財産を守るための国や自治体の権限や手続きを定めている。
ミサイル攻撃の脅威を必要以上にあおり、制定を急いだ色合いも濃いが、同法に基づき、具体的な対処手順や住民の避難方法などを定めたのが国民保護計画だ。
計画の中身はどうか。「住民の避難や救援のため」としつつ、民有地や家屋の使用など私権制限に踏み込んでいる。これが危うい。有事に住民保護が優先されないのは、過酷な沖縄戦を体験した県民の教訓だ。
逃げる手だてを考えるよりも、逃げる必要のない島にしていくのが政治の役割であろう。広島、長崎両市の被爆者らは核攻撃も想定した国民保護計画を「非現実」とし、核廃絶こそが市民を守る道だと訴えた。もっともな主張である。
先の大戦では、原爆投下や10万人が亡くなった東京大空襲を中心に全国で76万人が空襲の犠牲になった。教訓を語り継ぎ、惨劇を繰り返さない誓いを新たにしたい。
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