「『坂の上の雲』と司馬史観」中村政則著 岩波書店1890円
2009年11月29日、司馬遼太郎原作『坂の上の雲』の放映がNHK総合テレビで始まった。3年間のロングランである。司馬の愛読者にとっては、待ち望んでいた放映であろう。文庫の売れ行きは累計で1800万部に達するという。それほどまでに司馬作品の人気は高い。
『坂の上の雲』をどう読むか。このことに真正面から取り組んだのが本書である。著者は国際関係、政治・経済・社会の流れを丹念に追う中で読み解く。
なかでも経済と社会のとらえ方は重要である。日清戦争後の「戦後経営」は、軍備拡張を軸としており、そのための国家予算は2倍に膨れあがる。政府は最大の財源である地租の増徴をめぐって地主と激しく対立、4度も内閣が倒れる。
このことに関して司馬は一切触れることなく「不満が…ほとんど出なかった」とするが、著者は「誇張であり、かつ間違いである」と痛烈に批判する。
またポーツマス講和条約で賠償金はゼロ、樺太南半分を得たにすぎなかった結果に対し、苦難と犠牲を強いられた民衆の怒りが爆発、「日比谷焼き打ち事件」を引き起こして戒厳令を出すまでに暴動化する。
だが、司馬はこれについても一切触れず、著者は「民衆の不幸よりも戦争に尽くした、けなげな国民像を強調する」ことに目が向けられていると批判する。
そして著者は「司馬の日露戦争観を根本的に修正するためには、歴史家が日露戦争―第一次世界大戦―アジア太平洋戦争という、三つの戦争の断絶と連続の諸相をビビッドに描いていく以外にない」と、投げかける。
著者によると、「作家は個人を描き、歴史家は時代を描く」とされるが、冷徹な歴史分析をするか否かの中に、小説家の「眼」と歴史家の「眼」の違いがあらわれることも、本書は教えてくれる。
ここで特筆すべきことがある。それは、歴史家の「眼」で、初めて正岡子規の生から死に至るまでのすさまじい生きざまを描き、新たな子規像を組み立てたことである。
(川平成雄・琉球大学法文学部教授)
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