『100年 ブラジルへ渡った100人の女性の物語』サンパウロ新聞社編 フォイル1575円
「金の成る木があるブラジル」をうたい文句に、戦前から1960年代にかけて25万人の日本人移民(女性11万人)が現地での成功を夢見て渡伯した。中には写真見合いや移民関係機関の紹介で海を渡った花嫁移民220人もいた。
本書は邦字紙・サンパウロ新聞社会部が日本移民100周年を機会に、スポットが当たりがちな男性ではなく、女性一、二世100人を選び、取材して紙面で連載、リライトして日本語とポルトガル語で出版したもののうちの日本語版だ。過酷な自然条件、言葉や慣習の違う異国で仕事に従事しながら、夫をはじめ家族を支え、いかに現地に溶け込んでいったか、相次ぐ苦難に耐えた波乱万丈な体験がリアルにまとめられている。
掲載された人たちはいずれもアマゾン流域から南伯まで日本の23倍の広大な国土に散らばっている市井の女性たち。女性たちには自らの意志で移住し、人生を切り拓(ひら)いていった人たちもいたが、大半が移民に反対しながらも同行し、開拓小屋での生活、病気や事故による家族の死、夫の事業の失敗、敗戦による勝ち組・負け組との板ばさみなどに遭いながらも、仕事、家事、育児に追われ、朝から深夜まで働きづくめだったことで共通している。
その中には夫がブラジル沖縄文化センターの初代理事長で沖縄県人会長だった花城清安さん(故人)の妻・淑子さん(100)、県系人1万人余が住む内陸部の都市カンポグランデで沖縄そば屋と和食店を営む勝連源河隆子さん(65)ら県出身者6人も含まれている。
女性たちはろくに教育も受けられず、望郷の思いにかられながらも前向きに生き抜いた。子供が成長して家庭が安定してからは日本舞踊、俳句、ゲートボールなど余暇を楽しみながら孫やひ孫らと余生を楽しんでいる。
「今は本当に幸せ。ブラジルに来てよかった」と口をそろえていう。過去の幾多の苦労にこだわらず、強く明るくたくましく現実に立ち向かい、内助の功(こう)によって日系社会の発展にも尽くした女性たちの潔さを感じさせる好著である。
(山城興勝・ジャーナリスト)
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