『沖縄陸軍病院南風原壕』 吉浜忍、大城和喜、池田榮史、上地克哉、古賀徳子著 高文研1680円
沖縄戦から65年目。戦争遺跡が文化財として全国で初めて指定された壕を紹介する『沖縄陸軍南風原壕』が出版された。
I章は沖縄戦と南風原の関係が詳述されている。那覇市に隣接していたため南風原は後方部隊のみならず、前線部隊も配備され、部隊と住民が混在して戦場化したことにより村民の戦死者も多かったことがわかる。
II章からは、沖縄戦の中で沖縄陸軍病院南風原壕がどんなものだったかが記述されている。沖縄陸軍病院は1944年5月に熊本陸軍病院で編成され、6月に沖縄に移動し、那覇で活動していたが、10月の米軍空襲により南風原国民学校に移転した。ところが翌45年3月に艦砲射撃と空爆がはじまったため黄金森一帯に掘られた壕へ分散移転した。その際、看護補助として「ひめゆり学徒隊」も動員された。そして5月22日に摩文仁への撤退命令が出るまでここで傷病兵の治療がおこなわれたのである。この地下壕で何がおこなわれていたか、さらに沖縄陸軍病院南風原壕の現状調査なども詳しく知ることができる。
III章では「記録し、伝える」取り組みがどのように今日までなされてきたか紹介されている。高校生や青年が調査員となって悉皆(しっかい)調査して戦争と遺跡の記録をのこした。さらに南風原文化センターはそれを伝える場として積極的な役割を果たしてきたことが理解できる。町ぐるみの努力なしにこうした成果は生まれなかったのである。
IV章からは南風原町が文化財として指定した後、保存活用調査研究委員会がつくられ考古学的調査をし、整備公開検討委員会が保存と活用方法を作成していく経過がわかる。さらにV章、VI章からは、20号壕の整備、公開、活用がどのような努力を通しておこなわれたかがわかる。VII章では沖縄の戦争遺跡の調査や保存の経過が紹介されている。
私は1998年と今年の2回、南風原病院壕を見学した。関係者の努力がわかり感動した。沖縄はもとより本土の高校生など若い世代が本書を携え、戦争の記憶を引き継ぎ伝えることを期待したい。
(渡辺賢二・明治大学講師)
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