那覇市天久に琉球新報社の新社屋が完成、落成祝賀会がきょう二十六日開かれる。
本紙は、新社屋完成を「第二の創刊期」と位置付け、今後とも地域住民の視点に立ち、「時代の証人」「社会を映す鏡」として沖縄の諸問題を掘り下げていくと同時に、沖縄戦の体験を踏まえ、世界の恒久平和を実現するために、なお一層、努力していく決意である。
本紙が沖縄初の新聞として産声を上げたのは一八九三(明治二十六)年九月十五日。創刊の中心的役割を担ったのは、尚泰王の四男尚順を中心に旧士族階級の二十代の青年たちだった。
創刊時は日清戦争勃発(ぼっぱつ)前夜で、県内では旧体制を守ろうとする頑固党と新体制に移行しようとする開化派が激しく対立していた。そういう時代を背景に、本紙は沖縄の改革を主張し、文明開化を告げる役割を担って誕生した。
以来、明治、大正、昭和、平成と時代を見据え続け、今年で創刊百十二年を迎える。しかも、今年は県民を戦火に巻き込んだ沖縄戦から六十年という節目の年でもある。
新聞は一時期、軍国主義による言論統制の下、大本営発表に基づく報道、多くの国民を「戦争への道」へと走らせてしまったという「負の歴史」がある。二度とこのような過ちを犯してはならないし、国家による、言論統制の動きも常にチェックし「監視」していく必要がある。
特に、戦争体験の風化が進むなか、有事体制、イラクへの自衛隊派遣、憲法九条を含めた憲法改正の動きと、「普通の国」という名の下、時代は逆戻りするかのような錯覚さえ覚える。
小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題が、今や日本と中国の間に、大きな障壁として立ちはだかり、日中関係は友好条約締結以来、最悪の事態に陥っている。
そのような状況下にある時こそ、過去の歴史に学ばなければならない。アジアを侵略した過去の歴史を反省し、平和憲法の持つ意味をいま一度、見つめ直すべきである。
住民を巻き込んだ悲惨な地上戦を体験した沖縄は、戦後二十七年にわたる米軍統治を経て、本土へ復帰した。しかし、本土復帰から三十四年目を迎えようとする今も、米軍専用施設の75%が沖縄に集中、事件・事故も後を絶たず、基地の重圧は県民にのしかかったままである。
現在、日米両政府の間で、在日米軍の再編問題が協議されているが、県民の願いである「基地のない平和な島」に、一歩でも二歩でも近づくよう努力してもらいたい。
本紙は今後とも「平和と民主主義」「言論の自由と独立」を守るために全力を挙げていく。
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