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基地の沖縄集中 脅威は感情の問題ではない2010年9月5日  このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

 閣僚や官僚などの発言を聞いていると、普天間飛行場の県内移設に大多数の県民が反対していることを指して「県民感情」という言葉がたびたび使われる。違和感を禁じ得ない。
 そもそも、国土のわずか0・6%にすぎない沖縄に全国の米軍専用施設面積の74%を押し付けているのは日本政府である。そのせいで、米軍人・軍属による女性暴行などの凶悪事件や米軍機の墜落といった重大事故が繰り返されてきた。軍用機がまき散らす騒音は、我慢の限界を超えている。
 基地から派生する脅威は気持ちの問題などではなく、厳然として存在する。「感情」という抽象的な言葉で片付けられる話ではない。基地あるがゆえに、危険と隣り合わせの生活を余儀なくされているのが沖縄の実情なのである。
 米兵が人をはねて死なせても、基地の中に逃げ込めば捜査の手が及ばない。米側に有利な日米地位協定に守られているからだ。少しでも理性を持ち合わせている人間なら、その理不尽さは容易に理解できるだろう。
 政治家が、さも分かったような顔をして「県民感情に配慮し…」などと述べるのは、基地問題の本質を全く理解していない証左だ。基地がもたらす危険を「感情」問題にすり替えられては、たまったものではない。
 自分が住む地域に、命を脅かしたり、住居に侵入したり、金品を盗んだり、環境を破壊したり、他から襲撃を受ける可能性のある集団や施設が居座っているとしたら、よそへ移ってほしいと要求するのは当然だ。「辛抱しなさい」と言えるのはよほどの冷血漢だろう。
 カネさえやればいい、というのも乱暴な発想だ。たとえ少しばかり経済的に潤ったところで命を奪われては元も子もない。
 鳩山由紀夫前首相は普天間飛行場の移設先をキャンプ・シュワブ辺野古崎地区に決めた理由として「抑止力」を挙げた。民主党代表選に立候補した菅直人首相は鳩山前首相の日米合意を踏襲する立場だ。小沢一郎前幹事長は合意を尊重しつつも「沖縄に海兵隊の実戦部隊は要らない」と明言している。「抑止力」論は、つじつま合わせの理屈にすぎない。
 次の首相が誰になるにせよ、沖縄の要求を「感情論」として矮小(わいしょう)化することはやめてほしい。


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