『風に舞ったオナリ』田中水絵著 凱風社・1890円
沖縄初の外交官として知られる浦添市出身の田場盛義と、その3人の妹たちの戦前、戦中、戦後の逞(たくま)しい生きざまを丹念に追いかけたノンフィクションである。それは風に舞う木の葉のようだ。
著者は2003年に旧満州国を訪ねるツアーに参加。その道中、中国東北部を走るかつての満州鉄道の車内で、一人の婦人と出会う。その人の名は国吉美恵子。幼いころ、満州で暮らした家族の足跡を訪ねての旅である。著者ははるか南の沖縄から満州に来たということに強く引かれる。聞けば母・鶴の兄が外交官・田場盛義とのこと。そこからこの一族の足跡を訪ねる長い旅が始まる。
田場盛義は1894(明治27)年、浦添間切当山に生まれ、県立一中を卒業後、外交官を目指して東京外国語学校(現東京外国語大学)へ進学。卒業後は中国大陸で外交官として活躍。こうした盛義の活躍を一族の誇りとし、3人の妹の静、鶴、英は兄を慕う。成人した静は、経済的にも支援する。
やがて静は結婚してハワイへ。鶴は兄の紹介で医師の国吉真政と結婚、那覇に国吉医院を開業。2人の間に千鶴子、其枝、美恵子、真が生まれるが、鶴28歳の時に夫が肺結核で他界する。そこで盛義の呼び寄せで母・カメ、妹・英とともに新京(満州の首都)へ。
しかし、時代は満州事変から日中戦争へ。1937(昭和12)年、盛義は派遣された通州で保安隊の反乱で殉職(通州事件)。やがて三女の英は日本人教師と結婚してジャワへ。鶴の二女・美恵子は盛義の妻・貞子と台湾へ。三女の其枝は第一高等女学校でひめゆり学徒として死線をくぐる。
戦後の三姉妹については、鶴や美恵子が沖縄でホテルを経営してアメリカ世を果敢に生き抜く姿を軸に追っている。こうして著者は現地での聞き取りと外交史料、当時の新聞等を駆使して、近現代史の中の三姉妹をあぶり出す。
それにしても著者をして旅に駆り立てたのは何だろう。最後に著者は言う。「私が長い旅を続けたのも、オナリたちの思いの強さ、ヤマトでは失われつつある兄を、家族を、人を思う心の強さに惹かれ、導かれたからだ」と。感動の一書である。
(三木健・ジャーナリスト)
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たなか・みずえ1971年上智大学ロシア語学科卒業。98年から3年間沖縄に在住。
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