また一つ核兵器をめぐる秘密が明るみに出た。
米軍はベトナム戦争時の1960年代にキャンプ・ヘーグ(沖縄市、旧具志川市)で小型核兵器を使った訓練を実施していたことが分かった。
米軍が核兵器を実際に使用する訓練や核攻撃を受けた際に身を守る訓練などを実施していたとみられる。
一部報道で、海兵隊員がキャンプ・ヘーグで核兵器訓練に参加し、大量の放射線を浴びたと証言している。
海兵隊員の被ばくが事実だとすると、基地周辺住民に影響はなかったのか。土壌汚染はなかったのか。
東京電力福島第1原発事故で明らかになったように、放射性物質は風向きなどでまだら模様に拡散する。人体だけでなく農作物や土壌、海洋汚染など広範囲に影響を及ぼす。
米軍は当時の核兵器の保管や訓練状況を直ちに公表すべきだ。日本政府には情報開示を米国に強く要求してもらいたい。
核兵器の存在は、日本の憲法9条が適用されない米国統治下の沖縄を象徴している。
サンフランシスコ講和条約が発効した52年4月28日、沖縄は日本から切り離され、米国の排他的統治下に置かれた。
米軍にとって沖縄は、外国政府に干渉されることなく核兵器を貯蔵し使用できる場所になった。
米国民間団体NRDCが入手した解禁文書に基づく分析によると、1954年から72年までの間、沖縄には西ドイツ(当時)と並ぶ最多(19種類)の核兵器が持ち込まれたと指摘している。
ベトナム戦争が始まると、155ミリ榴弾(りゅうだん)砲や数人で操作する地上発射小型核ミサイルのデイビー・クロケットなどが持ち込まれた。
小型核兵器の存在と訓練の事実は重大な意味を持つ。保有することによって相手をけん制する抑止力としてではなく実際に使用する兵器として核を位置付けていたことを示すからだ。
69年の沖縄返還決定時に、有事の際に沖縄へ核を再持ち込みする密約が日米間で交わされた。
果たして核は完全に撤去されたのか。74年7月、伊江島で復帰後初の核模擬爆弾投下訓練が行われている。再持ち込みされたことはないのか。核貯蔵施設はどうなったのか。沖縄県民はこうした情報を知る権利がある。
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