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八重山で放射性廃棄物処分場模索 日本原燃顧問が調査2011年9月25日 
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元沖縄開発事務次官の井上幸夫氏が放射性廃棄物の最終処分場を探しに来た当時を語る大城盛三氏=6日、那覇市の大城氏の自宅

 核燃料サイクルの商業利用を目的に設立された国策会社「日本原燃サービス」(現日本原燃、青森県六ケ所村)で、当時常任顧問だった故・井上幸夫元沖縄開発事務次官が1980年、放射性廃棄物最終処分場を「八重山の離島に造りたい」と沖縄を調査訪問していたことが分かった。その際、県の参事監に「プルトニウムの廃棄物基地」と話していたことから、地下深くに埋め捨てる高レベル放射性廃棄物の処分を模索したとみられる。
 井上氏は80年冬、当時県の参事監で、73年から5年間は県東京事務所長を務めていた大城盛三氏(81)を那覇市に訪ねた。井上氏は大城氏を食事に誘った席で「八重山の離島にプルトニウムを廃棄する最終処分場を造ろうと思い、場所を探しに行ったがあまり思わしくなかった」などと話した。具体的な島の名前は挙げなかった。
 大城氏は「井上さんは暗い表情で、嫌々ながら来た感じだった」と当時の様子を振り返り、「米軍基地受け入れも全国各地が反対。本土が嫌な物は全部沖縄に持ってくるつもりかと思った」と語った。
 井上氏は旧大蔵省主計官などを歴任。当時の沖縄関連予算の獲得に「大きく貢献した」(大城氏)という。74年に旧沖縄開発庁振興局長、77年から約2年間、同事務次官を務めた。
 日本原燃によると、井上氏は80年7月から、亡くなった翌年3月まで常任顧問に就任。沖縄が最終処分場の候補地に挙がったことについて「資料は残っていない」としている。
 高レベル放射性廃棄物は、ガラス固化体にし六ケ所村の日本原燃の施設で長期保存されているほか、原子力発電所敷地の貯蔵プールに置かれ、最終処分のめどが立っていない。多重バリアーを施し地層に深く埋めても放射能が地下水へ漏れ出ることや、地震や火山活動への対応は不十分とする見方もあり、最終的な処分対策・技術は確立していない。核兵器に転用可能なプルトニウムを大量抽出する点でも国際的に注目されている。
 科学政策に詳しい吉岡斉九州大副学長は「最終処分場の用地探しが70年代後半から始まったことと合致する」と説明。「今後も沖縄の島が候補に挙がる可能性は否定できない」と話した。(新垣毅)

<用語>高レベル放射性廃棄物の最終処分場
 高レベル放射性廃棄物は使用済み核燃料を再処理し、ウランやプルトニウムを抽出した後に残る放射能の強い核のごみ。最終処分場は、これをガラス固化体に加工して冷却後、地下300メートルより深い地層に埋める施設。少なくとも千年間はガラス固化体が地下水に触れないようにする必要がある。原子力発電環境整備機構は2020年までに発生する4万本の処分のため02年、全国の市町村を対象に最終処分場調査地の公募を開始。地元同意を得て文献(予備)調査、概要調査、精密調査の3段階で進め、2030年代の操業開始を目指している。

英文へ→Japan Nuclear Fuel considered Yaeyama as a repository for radioactive waste


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