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2012年1月31日

 「週刊レキオ」が産声を上げたのは1985年。創刊号の1面トップを飾った記事は「人間国宝の作品 姿を消す!」「値上がり見越した買い占めか」だった
▼その1週間前に壺屋焼の陶工、金城次郎さんが沖縄初の人間国宝に決まり、県内が沸いていた。魚やエビの文様で知られる作品は、92歳で没した後も愛好家の心をつかんで離さない
▼生誕100年を記念した展示会が壺屋焼物博物館で開かれている。13歳から修業を始めた次郎さんは暮らしに根付くヤチムン(焼き物)にこだわり続けた。芸術作品ではなく、皿や茶わんなど普段使いの器に力を注いだ
▼人間国宝に認定されても「陶芸作家」ではなく「陶工」という姿勢に徹し、「先生」と呼ばれると怒ったという。ひたすらろくろを回し、生涯で手掛けた作品は十数万点にも及ぶ
▼なぜ魚文、エビ文か。生前「沖縄は海に囲まれているから」と答えているが、より深い胸の内は分からない。同館の倉成多郎主任学芸員によると「多作で寡黙の職人」。著作がなくインタビューも少ないため、本人の語った言葉が限られている。これからは残されたモノから読み取っていく必要があるという
▼実用性と芸術性を兼ね備えた「用の美」は次世代にも影響を与えた。生き生きした魚の文様に見入っていると、“生涯陶工”を貫き通した職人魂が伝わってくる。


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