「4・28」。知っていますか。若い人たちにとってはなじみの薄い日となったが、復帰運動世代にとっては復帰にまつわる象徴的な日、屈辱の日、総決起の日であった。「沖縄を返せ」の歌とともに思い出す。
1952年4月28日は「サンフランシスコ講和条約」が発効した日。日本が戦争で敗れ、それに続く連合国軍による占領が解かれ、独立を回復した日。と同時に沖縄と奄美が日本本土から切り離された日でもある。その4・28から今年は55年を迎えた。
現在でも米軍基地は居座り続け、軍事優先の実態に変わりない。日本政府の対米追随も変わらない。
同条約の第3条に、琉球諸島、大東諸島を含む南西諸島などについて「合衆国は領水を含むこれらの諸島の領域および住民に対して、行政、立法、および司法上の権力の全部および一部を行使する権利を有するものとする」とある。
この条文によって米軍の沖縄支配は、72年5月15日の復帰の日まで続いた。沖縄戦での占領から数えると27年間にも及ぶ。
米軍は「琉球諸島は自由世界の安全のため戦略上極めて重要であるため、合衆国は無期限にその管理を行う責任がある」として、本格的な基地建設を進め、沖縄の米軍基地は太平洋の「キーストーン(要石)」、「巨大な不沈空母」となった。
基地機能を維持するため現役軍人を長とする琉球列島米国民政府(USCAR)を設置。その権限は、琉球政府を通じて統治するが、任務の遂行に必要があれば琉球政府、地方機関の法やその他の行動を拒否、停止でき、法、指令、規制を発布し、裁判所のいかなる決定や判断や判決も再調査、あるいは修正でき、政府職員を解任できる。琉球政府の権限の全部または一部を取り上げることができる―としていた。
大変な権力だ。これでは米軍の思うまま、やりたい放題ができる。銃剣とブルドーザーで土地を接収し基地を拡張、渡航制限を行い、立法院で可決した所得減税法案を撤回させた。輸入鮮魚に対する物品税が争われたサンマ裁判を米民政府裁判所に移した。瀬長亀次郎那覇市長を追放するなどした。
住民は怒り、反発。島ぐるみの土地闘争、主席公選の要求、4月28日には本土と沖縄を隔てる北緯27度線上で海上集会などを展開、自治権の拡大、祖国復帰などを訴えた。復帰運動のパワーが復帰を実現させた。
今年も4・28辺戸岬集会が開かれる。復帰から35年、復帰運動のパワーは影を薄めているが、復帰運動のエネルギーを受け継ぎ、平和で豊かな沖縄、沖縄の自立に生かしていきたい。
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