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しゅーまんぼーしゅー2007年5月8日 
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 油断も隙(すき)もありゃしない。ついこの間年が明けたかと思ったら、もうゴールデンウイークも終わってしまっている。この季節、ヤマトでは「風薫る5月」というが、梅雨(しゅーまんぼーしゅー)真っただ中の沖縄は黴(かび)香る5月と言った方がよさそうだ。実際、わが家の本棚の本は波うち、レコード棚から放たれる黴の種子は家中至るところで増殖を試みる。全く油断も隙もありゃしない。
 5月といえば私にとって忘れられない人がいる。1991年5月19日に亡くなったルポライターの竹中労その人である。マルチクリエイターして活躍した、型破りなジャーナリストとして知られる竹中労の仕事の中で、沖縄音楽に関するルポルタージュは沖縄にも本土にも一つのエポックをもたらしたことは間違いない。70年代前半、彼ほど沖縄音楽の地域性と独自性を強調した人はいなかったし、彼ほどその取り巻く状況に警鐘を鳴らした人はいなかった。
 73年から75年までの短い間に故嘉手苅林昌や登川誠仁らを引き連れて、何度となく歌会を主催。三度にわたる琉球フェスティバルの開催。その間に36枚にもおよぶメジャーからのレコード製作。あの時代に十全ともいえる質と量で沖縄民謡を世に問えたということは、まさしく奇跡的な出来事であったといえよう。それがちゃんと認識されなかったにしろ、現在の沖縄音楽の興隆の基礎をつくる大きな役割を果たしたことは事実だ。
 91年、病魔(肝臓がん)と闘いながらの沖縄取材は凄(すさ)まじかった。その中途で倒れ、そのまま東京の病院へ搬送された。その生々しいルポは「エスクァイア日本版」(91年8月号)に詳しい。沖縄音楽を支えた先人の情熱とエネルギーには黴を生えさせないようにしたいものだ。
(小浜 司、島唄カフェいーやーぐゎー店主)


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