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沖縄と緑2007年5月28日 
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 沖縄県人として半年がたった。私にはすべてが新鮮で、沖縄の方たちにいろんなことを教わった半年であった。都会で失われている人情も、沖縄の人々の中で生き続けていた。
 私が住んでいる沖縄市胡屋に「くすのき通り」がある。くすのきの巨木が生い茂る通りだ。毎日通りの一隅にある「原点」というコーヒー店でいっぱいのコーヒーを飲むのが日課である。コーヒーのおいしさは格別であるが、私の目的はコーヒーより、くすのきにある。くすのきの下で深呼吸する楽しさである。私も呼吸しているが、くすのきも呼吸している。晴れた日、雨の日、くもりの日、くすのきは呼吸も木々の表情もちがっている。
 私は何十年も沖縄に足を運んでいる。そのたびに接する海の美しさは、いつも私の想像をこえて美しかった。そして、戦争の傷跡から、たくましく成長してゆく山々の緑も感動のひとつであった。しかし私にはひとつの不満があった。58号を中心に発展を続ける街に緑が少ないことであった。新都心、郊外に進出する大型店舗と、沖縄が近代化してゆくにつれ、少ない緑も、街のにぎわいも、ビルの中に吸い込まれてゆくように思われてならなかった。緑も人もビルの中に消えてゆく。
 くすのき通りに足を踏み入れるたびに、そんな近代に立ち向かっていけるのは、くすのきの緑だけだと思うようになった。私は今、くすのき通りを買い物や散歩をする人々のにぎわいを夢みている。このくすのき通りに、多くの店や人々が集まり、くすのきの呼吸の下で憩(いこ)う姿を、人間が人間らしく生きるということは、自然とともに生きてゆくことにほかならぬことではないかと思うようになったのは、私だけだろうか。
(穂積 隆信、俳優)


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