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美術復興の足跡たどる 米で「ニシムイ」画家展2007年5月31日 
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米軍から画材の提供を受けていたニシムイの画家たちが手掛けた肖像画や風景画=カリフォルニア州立大学バークレー校

 【カリフォルニア29日平安名純代通信員】戦後、首里儀保町に形成された「ニシムイ美術村」の画家たちの作品展示会「生きるために描く:沖縄の西森美術会1948―1950」が30日(現地時間29日)、米国のカリフォルニア州立大学バークレー校で始まった。ニシムイに関する米国での展示会は今回が初めて。 安谷屋正義、玉那覇正吉らの作品のほか、彼らと交流の深かった米医師らが共にスケッチをしている写真や手紙など24点も初公開、ニシムイの画家が米国の影響を受けた足跡をたどる貴重な展示内容となっている。
 作品の多くは、スタンレー・スタインバーグ教授(83)=サンフランシスコ市=とハーバード大学のウエルター・エイベルマン教授(86)=マサチューセッツ州=が所有しているもの。在沖米軍基地内の病院で軍属医師として勤務していた両氏は、1948年ごろから約2年にわたってニシムイの芸術家らと交流。その際に集めた作品を米国に持ち帰り、それぞれ保管していたが、展示会を開こうというジェーン・デュレイ医師(53)=バークレー市=の呼び掛けで作品を提供。59年ぶりに絵を通した友人たちの「再会」が実現した。
 「ドライブ中に首里城近くで偶然『アーティスト・コロニー』と英語で書かれた看板をみつけ、中に入ったら、ベレー帽をかぶった玉那覇が温かく迎えてくれた。以来、週に2、3日、一緒に絵を描く生活が2年間続いた」とエイベルマン氏。スタインバーグ氏は「沖縄は私の第2のふるさと。玉那覇、安次嶺、エイベルマンと私の4人は、生きるために描くという時代を共に生き抜いたかけがえのない友」と当時を振り返る。
 帰国したスタインバーグ氏にあてた玉那覇の手紙も展示。手紙には「できる限り絵を描いて下さい。画を描いていることによってのみ私たちは海を遠く隔てていても語り合うことができるのです」とつづられている。
 展示会場となった同校付属東アジア文化研究所のマーティン・バックストロム所長は「物資に乏しい戦後の特殊な状況下で生まれた独特の文化性と、表現へのどん欲なまでの飢えが感じられる。戦後美術の復興にも影響したのではないか」と話した。展示会は9月7日まで。6月14日には、当時ニシムイの安谷屋の下に通い、制作活動に励んだ琉大の安次富長昭名誉教授(76)を招いて講演会が開かれる。


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