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めぐってきた9・11米国愛するが…/真栄城美枝子さん(ワシントン在住) 2002年9月10日  このエントリーを含むはてなブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 twitterに投稿する

 
  空が高く、秋を感じさせる朝だった。1年前の9月11日。ワシントンの真栄城美枝子さん(66)は職場でテロを知った。長女、万里さん(32)の家族はニューヨークに住む。その夫で証券マンのリチャードさん(36)は、世界貿易センター(WTC)の隣のビルで働く。電話が通じず、動揺の数時間を過ごした。幸い、孫2人を含め家族4人は無事だった。あれから1年-。真栄城さんは何を思うのか
 (ワシントン=本紙駐在・森暢平)
 
  真栄城さんの職場は米議会から北西へ約15キロのメリーランド州にある。惨事を知り、テレビをつけるとWTCビルから煙が上がっていた。国防総省にも旅客機が突っ込み、WTCビルが崩壊。夫がホワイトハウスで働く同僚女性は体がブルブル震え続け、抱きしめてもショックで口が利けなかった。
  ◇ ◇
  「リチャードと連絡が取れない」。万里さんから電話があったのは、WTCビルに二機目が突入した直後。長女の家はニューヨークの中心、マンハッタンから北へ35キロにある。「娘と孫は大丈夫だろう。でも、リチャードは」
  真栄城さんの職場でも帰宅の指示が出たことは覚えている。だが、どうやって家に戻ったのか記憶にない。自宅から、万里さんの家、リチャードさんの携帯…と電話をかけ続けるが、まったく通じなくなっていた。
  リチャードさんは午後4時ごろ、徒歩とバスで自宅にたどりつき、その1時間後、真栄城さんとも連絡がとれた。娘は泣いていた。
  ◇ ◇
  満州に生まれ、敗戦で両親の故郷、那覇市泊に戻った。米留組の一人として1959年に渡米。沖縄に戻り、民政府で働いた後、結婚のため再び米国へ。民主主義で個性が尊重される「アメリカ」が好きだ。
  でも、テロ後の米国には違和感を覚える。家々に立ち並ぶ星条旗を見て少女時代の思い出がよみがえった。満州にはためいていた日章旗、旧ソ連軍が攻めてきて、「このまま死ぬかもしれない」と思いながらの引き揚げ…。旗が戦争と結びついた。
  アフガン空爆。強大な軍事力が小さな「敵」を踏みつぶす。そして復興。「米国の論理をよその国に押し付けても民主主義は育たないと思う」。今のアフガンは、かつての沖縄と重なる。
  ◇ ◇
  長女家族や自分が幸せに暮らすのも、米国のおかげだ。テロは嫌だし、1年前と同じつらい思いはしたくない。「でも軍事力で解決するとは思えない」
  真栄城さんの家の前にも星条旗があった。縦10センチメートル、横20センチメートルの小さめのものだが…。「好きだけど、嫌い」。複雑な気持ちが、星条旗の小ささに象徴されているようだった。
 若い世代死に複雑な気持ち/真栄城さんの長女の夫、リチャードさんの話
  2機目突入の後、すぐに避難して現場を離れ、ひたすら歩いた。仲のいい同僚が亡くなり、自分ももし所用でWTCに行っていたら今はなかっただろう。自分と同じような小さい子を持つ若い世代がたくさん亡くなり、複雑な気持ちだ。
 


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