1977年に平良港を出港したまま行方不明になっているマグロはえ縄漁船、第八協洋丸の乗組員のうち3人の家族が24日までに警察に再捜索願を提出した。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による日本人拉致が明るみになって以来、全国で行方不明者の再捜索を申し出るケースが相次いでおり、乗組員の1人、金武川栄輝さん=当時(26)=の父清吉さん(75)と母シズ子さん(70)=与那城町=は「拉致かどうかも分からないし、何の証拠もないが、親としてはあきらめられない。運が強ければ生きているはず」と望みをつないでいる。
第八協洋丸(木造、19トン)は乗員7人で77年11月24日、平良市の平良港を出港。直前に田島清光漁労長が「北緯10度線付近で操業する。遅くとも正月までには帰る」と言い残していたが、年を越しても戻らなかった。第11管区海上保安本部が海と空から捜索したほか、家族もチャーター機を出して捜したが、船体はおろか浮遊物などは一つもなかった。
捜索が打ち切られた後もあきらめきれなかった清吉さんは、自身の土地約150平方メートルを売却。平安座区民から寄せられたカンパ金と合わせて費用をつくり、台湾やパラオ、グアムなど各地の漁港を二度に分けて巡り、協洋丸の寄港情報や救命いかだなどの漂流物がなかったかを訪ね歩いたが、手がかりは全く得られなかった。
以来25年、一時はあきらめて長男・栄輝さんの葬儀も出した清吉さん。しかし、拉致被害者の多くが77-78年に拉致されたとの報道に接し、「もしや」の思いを捨てきれず、具志川署に再捜索願を提出。北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(通称救う会)にも捜索を依頼した。また、妹の宮城祐子さん(49)がほかの家族にも呼び掛けて、田島漁労長と儀間隆乗組員の妻も那覇署に再捜索願を出した。
救う会には文書による捜索依頼が全国から約70件来ているという。荒木和博事務局長は「認定されている以外にも拉致被害者は多いと考えられる。情報を寄せてほしい」と話している。
清吉さんとシズ子さんは写真を見ながら「栄輝は当時建てた家の支払いを気遣ってマグロ漁船に乗った。バレーボールの好きないい子です。生きていると信じたい」と話した。


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