瀬長氏の未発表論文発見 1962年雑誌「世界」に執筆


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 米統治下の弾圧に抵抗した故・瀬長亀次郎さん(1907―2001年)が1962年、沖縄が本土から分離されたサンフランシスコ講和条約の発効から10年となるのを機に雑誌「世界」(岩波書店)のために執筆した未発表論文(200字詰め原稿用紙で89枚)が、6日までに見つかった。

論文では、62年3月に公表されたケネディ米大統領による沖縄統治の新政策を厳しく批判した上で、「2・1決議」や「屈辱の日」の集会に多数の県民が集まったことに言及。沖縄解放や復帰のために統一戦線を強化し「どのようなかれつ(苛烈)な弾圧にも屈せず、ねばり強くたたかわなければ」と結んでいる。
 論文は62年5月中旬、「世界」の編集者からの求めに応じて1週間ほどで書かれた。論文を読んだ新崎盛暉沖縄大名誉教授(沖縄現代史)は「復帰運動や労働組合運動などさまざまな運動を、瀬長亀次郎という当事者が自身の視点でまとめた貴重な資料」と話している。
 瀬長さんの資料などを展示する「不屈館」(那覇市若狭)の未整理資料から発見された。7日から不屈館で公開される。(安田衛)

新たに見つかった未発表論文の原稿(右)。左は瀬長さんが那覇市長時代に寄稿した論文が掲載されている「世界」の1957年5月号
瀬長 亀次郎さん