Cocco、歌で希望届ける 震災孤児を支援


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<東日本大震災>チャリティーCDのデザインにちなんで花を持つCoccoさん=2月、琉球新報東京支社

 沖縄県出身アーティストのCoccoさんはチャリティー作品の制作などを通して東日本大震災の被災地を支援している。震災発生直後はショックで日常の生活もままならなかったが、「歌うことでちょっとでも役に立てるのかな」と動きだした。昨年11月にはチャリティー第2弾の「シングルCDスペシャルパンチ」を発表。収録曲に選んだのは「希望の光」だ。

 2011年3月11日は東京で主演映画の準備をしていた。テレビの報道を見て被害の大きさに衝撃を受けた。「早く上(被災地)に行きたい」。強く思ったが、交通機関はまひして車も運転できない。電気を使わないよう部屋を暗くし、遺体安置所などを映すテレビに向かって歌う日々が続いた。「(引き取りを待つ死者が)誰かに歌ってもらっていたと遺族が知ったら、『独りで待っていたんじゃないんだ』って少しは安心するんじゃないかなと思った」。
 チャリティーに動きだすきっかけは震災発生から約2週間後に出演したテレビの音楽番組だ。歌ったのは「ジュゴンの見える丘」。沖縄の米軍基地問題から生まれた曲だが、普遍的で優しい歌は被災地の人々にも響いた。後日、番組を見た仙台のファンから「ありがとう」という手紙が届く。同年7月、初めて宮城県の被災地を訪れたCoccoさんは手紙の主と直接会い、「ありがとう」を伝えた。
 訪問に先立ち、同年6月に映像作家と作ったチャリティーDVD「Cocco Inspired Movies」を発表した。収益などから集めた約1千万円を岩手、宮城、福島3県の震災孤児支援などに寄付した。昨年発表した「スペシャル-」の収益も子どもの支援に充てる。「スペシャル-」に収録したもう一つの曲「ドラゴン気流」は全国から映像を募り、ビデオを作った。11日に動画投稿サイト「YouTube」で発表し、みんなの思いを被災地に届ける。
 震災から4年。継続的に現地に足を運ぶが、復興に向けた課題は複雑化していると感じる。それでも「風化させないことが大事」と強調する。「希望の光」を探し続ける。(伊佐尚記)