お米作りで環境と伝統を守る西表島の孫一さん【沖縄たべものがたり】(vol.6)


この記事を書いた人 仲程 路恵

沖縄県外にいると寒くて想像できないけれど、八重山では超早場米へ向けて田んぼの準備がはじまっています。浮島ガーデンが7年前のオープン当初からお米を分けてもらっている「西表安心米」の那良伊孫一さんも、お正月から苗床作りをスタートさせ、2月初旬には日本一早い田植えをするそうです。

孫一さんが栽培している台湾からきた品種「台光」

米と神話の関係は?

孫一さんは西表島の祖納地区で、30年以上も無農薬、動物性堆肥は一切使用せず、米ぬかなどのぼかし肥料をわずかに入れるだけの自然な栽培方法でお米と真摯に向き合っています。

孫一さんは年に2回、田植えをしていて、1期目は6月に収穫。2期目は12月に収穫しています。

孫一さんは祖納地区に5つある御嶽の一つを守る家系に生まれ、60歳を過ぎた今も地域の神行事を担っています。米農家として農作業に励む傍ら、島の神歌をひもとき、西表島の稲作はどのような形ではじまったのか、ご先祖様は何をのこし、何を伝えたかったのかなど、神歌の中に託された古人からのメッセージを読み解く研究を長年されているのです。この話がほんとにワクワクチムドンドン! めちゃくちゃ面白いんです。でもこの話はとっても長くなりそうなので、豊年祭の時期にでも、しっかりと書きましょうね。

稲作中に「やってはいけないこと」

ところで、稲作500年という歴史を持つ西表島には、面白いことに稲作期間中に「やってはいけない」という決まりごとがあるそうです。

周囲を山に囲まれ、豊かな自然の中にある孫一さんの田んぼ。

稲の発育のためうるさくしてはならない、三線も弾いてはならない、手をたたいてはならない、稲が曲がるかもしれないので曲がったものは食べてはならない、決まった期間しか歌ってはならない歌がある―など、不思議な決まりごとがあります。

実際、孫一さんファミリーは、オオタニワタリなど曲がっている食べものは口にしないんだそうです。すごい!面白い!

そして田んぼの神歌があるのは、沖縄広しと言えど、西表島だけなんだそうです。稲をまるで神様のように大切に扱っている西表島。それは島の人々が稲の持つパワー、いのちを繋ぐ驚異の力を知っているからなのではないでしょうか。

エネルギーあふれる「いのちの根」

お米パワーでいつも超元氣な孫一さんの奥様の宇子さん

稲(イネ)は日本の神話の世界でも天から授かった「いのちの根」と言われているように、いのちのエネルギーあふれる作物。一粒のお米は約2000粒の稔りをつけ、その2000粒は翌年には400万粒になり、3年目には80億、4年目には16兆…と、まさに“一粒万倍”のエネルギーを持つスーパーフード。神饌(しんせん)として、日本人がお米を神様に捧げてきた理由はそこにあるのだと思います。

そしてもうひとつお米のすごいところは、何年置いていても腐らない、常温で備蓄できることにあります。

日本の食物自給率はカロリーベースで40%、沖縄は20%です。沖縄ではカロリーの高いサトウキビを多く栽培しているので、純粋に食料になるものが一体どれくらい作られているのだろうかと怖くなってきます。このままだと大きな災害が起きたとき、この島からはあっという間に食べものが消えてしまいます。何とかしなければ。

休耕地を使えるようにして

今、耕作放棄地や休耕地がどんどん増えています。

空いている土地を積極的に陸稲や雑穀畑にしてはどうでしょう?

半農半Xをしたい人はたくさんいます。農業未経験者でも休耕地が借りられるようにする、穀物栽培の就労者を支援するなど、穀類を増やす取り組みを行政にお願いしたいです。

収穫に感謝。豊年祭で舞う孫一さんと宇子さん。

八重山の歌にはよく「世は稔れ(ユバナウレ)」というフレーズが登場します。

「世」という言葉は、昔は「稲の出来栄え」という意味でも使われていたそうです。お米が稔ることこそがこの世を稔り豊かなものにするという、シンプルで至極当たり前なこと、それが人にとって根源的かつ究極の願いであったことをうかがわせるフレーズですよね。

『赤椀の世直し』で有名な名護博先生は「世は稔れ」の「稔れ(ナウレ)」とは「直れ」のことであり、「世は稔れ」とは「世直し」という意味であると書いています。お米が稔ることが「世直し」につながる…。これにはなるほど!ひとり合点しました。

健康、環境、地域づくりにつながる

近年では「日本人の3人に1人ががんで死亡している」と言われています。国が支払う医療費の総額は40兆円を超えました。日本人がお米を主食にし、粗食だった時代は、生活習慣病やがん、アレルギーに苦しむ人は、こんなにも多くはなかったと思います。

世界中からいろいろな美味しいものを集め、食べすぎている日本人。おおもとに立ち返りませんか? 私たちのいのちをつないできた伝統の食べもの=お米をしっかり食べましょう。

田んぼを作り、お米を稔らせることは、すなわち里山の環境保全となり、健康問題、貧困問題を解決することにもなり、災害に強くなり、健全な社会を創ることにつながると思います。それが結果的に良い社会をつくること、「世直し」につながるのではないでしょうか。

感謝と願いに包まれる豊年祭

豊年祭の綱引きは観光客も思わず血湧き肉躍るほどの熱気

稔りこそが世直し、今年も豊年満作でありますようにと願いを込め、「世は稔れ」と歌い舞う八重山の祭り。西表島の祖納で豊年祭の夜に行われる綱引きは、半年間の農作業の苦労が報われた歓びと、稔りへの感謝のエクスプロージョンという感じで、みんなみんな大興奮!高揚感と熱気に満ち溢れています。掛け声に合わせて引かれる綱はまるで生きた龍のよう!ぜひ、一度、見に行ってみて下さい。

もちろん孫一さん、宇子さんも参加していますよ。

孫一さんと宇子さん「稲も人も生き物を育むのはやはり自然であり、地球です。すべての生き物と人々の共存共栄を大切にする生き方、地球の将来を考えて、お米作りをしています。」
宜野湾で友人とワイワイ楽しく田植えをしたものの…

私は宜野湾の田んぼで3回、田植えに挑戦しましたが、3回とも稲の中に稔りはなく、食べることができませんでした。一粒のお米を作ることがどれだけ大変なことなのか、この時に初めて知りました。

「種子法」廃止で農業どうなる

孫一さん

この4月には「主要農産物種子法」、いわゆる「種子法」が廃止されます。国民の基礎的食料となる米や麦、大豆の種を国が守ることを放棄するものです。これから日本の米はどうなってゆくのか、とても心配な状況です。

当たり前の世界が当たり前でなくなりそうな危うさが、今の日本にはあります。

声を上げ、行動しなければ真っ当な社会をキープできない。

孫一さんはお米の等級制度ができ、多くの農家さんが農薬散布をせざるを得なくなった際に、たったひとりNOの声を上げ、当時まだなかった消費者への直売を仲間の力を借りながら行うなど、環境を守るため行動してきた方。孫一さんはお米作りを通して「世は稔れ=世直し」をしている農家さんなんだと思います。

消費者である私たちも、孫一さんのような生産者の方の食べものを選ぶこと、それが世直しにつながるのだという認識を持って、買い物をしていきたいですね。

いただきますから世界を変えよう!

お米を食べて世直ししよう!

 

中曽根直子(なかそねなおこ) 穀菜食研究家/沖縄雑穀生産者組合 組合長

那覇に「浮島ガーデン」、2016年、京都に「浮島ガーデン京都」をオープン。沖縄の在来雑穀の復活と種の保存、生産拡大のため沖縄雑穀生産者組合を立ち上げる。農業イベントや料理教室、食の映画祭や加工食品のプロデュースなど様々な活動を通して、沖縄の長寿復活に全力投球中。