速記者VS.新聞記者 メモ取り勝負の行方は…!?


社会
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プレビュー「速記」を体験してみた。→プロのスゴ技に舌を巻いた。

すらすらと話す取材相手の言葉を、手首が痛くなるほど必死でノートにメモしたけれど、字がごちゃごちゃしていて読めない。メモにまつわる「記者あるある」だ。

議会などで全ての発言を記録している速記者たちは、どうやって膨大な量の発言を記録しているのだろう。淡い期待を胸に沖縄速記事務所の松本美砂所長にお願いして、速記の世界に触れてみた。

記者、メモ追い付けず…(涙)

沖縄速記事務所長の松本美砂さんが仕事をしていると聞き、那覇港管理組合議会に行ってみた。いつも議長席の近くに座り、業務をこなしている。

この日の議会は15分間程度。なかむら記者も議会中の発言のメモを取り、議会終了後に松本さんが取ったメモと比べてみた。

速記者の松本美砂さん(左)となかむら記者(右)。2人のメモを比べてみよう

松本さんのメモ用紙には、記号のような文字が並んでいる。速記者はただ人一倍文字を書くのが早い人だと思っていたなかむら記者はメモを見てびっくり。約15分間でなかむら記者がメモできたのはA4用紙1枚半。松本さんは9枚だ。1~2分で1枚のペースだ。

〉松本さんのメモ。一見、何が書いてあるか素人には分からないが、一言一句、語尾まで正確に記録されている。
対するなかむら記者のメモ。手が追い付かず、細かな部分までは書ききれなかった

議会の最初で議長が発言した一言を、メモが苦手ななかむら記者は「おはようございます これより本日の 日程第一管 これよりとうろんに入ります」としか書けなかった。

一方の松本さんは「おはようございます。これより本日の会議を開きます。日程第一議案第一号平成30年度那覇港管理組合一般関係補正予算についてを議題と致します。これより討論に入ります」と完璧なメモを読み上げた。

一言一句、語尾まで全てを記録して残すのが速記者の仕事だ。

松本さんが使う速記文字は「中根式」だが、繰り返し出てくる言葉は自己流の記号に置き換えるなど、速記者それぞれの方法でメモを取る。

松本さんは「きちょうめんで我慢強い人が向いている。現場にいなかった人でも内容が分かるのが、速記という仕事。『言葉の写真』といわれる」と話す。

速記文字を読んでみよう

記録した速記文字を普通の文字に戻すことを反訳という。記録した後に、普通の日本語に反訳して依頼者に納めるまでが速記者の仕事になる。素人の記者がどの程度まで読めるのか、挑戦してみた。

なかむら記者が先輩のおきた記者に対する思いを話して、松本さんが速記した内容を反訳することにした。文字表を一夜漬けで勉強しただけでなぜか自信満々なおきた記者だったが、初めて見る速記文字に「読めない…」と早くもギブアップ。松本さんに一文字一文字教えてもらった。

「最初は『沖田さんは』と書いてあります」。ほほう、なるほど。基本文字に加えて速記者本人の書きやすい工夫が随所に加えてある。「次は『お』『も』…」。日ごろ目を掛けて指導している後輩からのメッセージだけに、当然べた褒めされていると当たりを付けたおきた記者は「『面白くて』『優しい』ですね!」とほぼ推理で読み進める。

しかし、中盤で突然現れた「でも」の一文字に嫌な予感。「N」に似た「机の」の後に、他の文字列より少し上にある「う」を表す基本文字。「『上』という言葉はよく出てくるので、少しずらして見分けやすくしています」と松本さん。他にも「思う」や「下さい」など、よく出てくる単語を省略して記述してある。

さすがプロの技、と感心しつつも、メッセージ内容が気になるおきた記者。よもや日ごろの恨みを晴らしに来たのではあるまいな、と冷や汗をかいたが「机の上をもう少し片付けた方がいいと思うので、今度一緒に掃除しましょう」という温かい申し出に、ひそかに胸をなで下ろした。

流れるような速記文字には、いかに早く、正確に記録するかを追い求めた速記者の熱意が見えるようだった。

ぜひ読者の皆さんにも速記文字に触れてほしい、ということで、松本さんのご協力で「中根式」の基本文字だけで書いてもらった。ヒントは、最初のひとかたまりは「もうすぐ」だ。

※答えは最後にあります。

「体で覚える」

松本さんが速記者になったのは、新聞の速記の求人広告を見て仕事の存在を知ったことがきっかけだ。技術のある仕事をしたいと思っていた松本さんは県内で唯一速記を教えていた荒木松次郎氏に弟子入りした。

きちょうめんで我慢強い人が速記者に向いている」と話す松本さん

速記の習得には2年ほどかかり、単語帳に書くなどして地道に覚えていった。「体で覚える感じがピアノの感覚と似ているかも」と松本さん。仕事中に、集中力が落ちても手は自然に動いているという。普段の生活では、電話のメモやテレビで流れる宛先などを速記でメモすることもある。手帳の半分は速記文字だ。

普段は議会のほかに、座談会やインタビューに同行することもある。囲み取材の記録を大臣側から頼まれ、記者と一緒に空港で囲み取材を聞いたこともある。

プロの速記者になるには、通信教育や独学のほか、高校や大学の速記クラブで勉強する方法がある。かつては那覇商業高校に速記クラブがあったらしい。松本さんは「2年で習得できるので、学生時代はちょうど良い期間。部活をつくるのはおすすめ」と話す。

速記の仕事道具のミキサー、マイク、ボイスレコーダー、イヤホン、シャープペンシルなど

松本さんが使っている仕事道具は、マイク、ミキサー、ボイスレコーダー、イヤホン、シャープペンシル(ロング芯)などだ。速記文字は、線の太さで濁点などの違いを出すため、ボールペンではなくシャープペンシルが適している。話し手と距離が遠かったりすると聞き取りづらいため、話し手の前にマイクを置き、それをイヤホンで聴きながらメモする。いつも10キロ近い荷物をキャリーバッグに入れて持ち運んでいる。

熱い議論、つぶさに記録 県議会の速記者

県民の声を代弁する議員が、舌戦を繰り広げる沖縄県議会。かつて速記者が2人1組で議場内に入り、交代しながら発言を記録していた。速記者の退職に伴い、1999年ごろから試行的に速記と音声の録音を併用し始めた。2008年に議会運営委員会の決定で、速記録の作成方法を「電磁的記録または速記法による」と、録音を正式に認めて以降、速記者が県議会の議場に出ることはなくなった。

議員らのやり取りを速記する松本美砂さんの手元。奥にある機器「ミキサー」を上げ下げして、議員の近くに置いたマイクの音量を調整する
県議会で唯一の速記者となった議会事務局議事課の大城佳美さん=那覇市泉崎の県議会事務局

今や県議会で唯一の速記者になった県議会事務局議事課の大城佳美さん(58)。38年間、県議会を見続けてきた大城さんは「どの議員よりも、私が一番古いかもしれない」と照れ笑いする。

中学時代、テレビの国会中継で速記者の姿を見て、高校卒業後に早稲田速記医療福祉専門学校(東京)で速記を学んだ。1981年に20歳で県に採用され、28年間は議場内で速記した。

現在、県議会は議場内の音声を録音し、即時にパソコンで入力して会議録を作成している。その業務を大城さんが担っている。会議録はホームページ(HP)や各市町村の図書館に送付する冊子で確認できる。

議場に出なくなって、定例会のたびに悩まされた緊張感は軽減した。だが「議場にいると誰がやじを飛ばしたか目視できるが、テレビ画面では分かりづらい」として、現場で見る大切さも感じてきた。作成方法は変わったが、県民の財産となる会議録の作成に日々向き合っている。

  クイズの答え 

「もうすぐクリスマスですね。風邪をひかずに元気に楽しみましょう。沖縄にも雪が降るといいな」

(2018年12月9日 琉球新報掲載)