胸をはずませ、初の海外旅行に出掛けたのは20歳の時。インターネットも携帯電話もない時代でした。
夏休みを利用して約1カ月間の語学留学先はイギリス(ロンドン)で、アメリカではなくイギリスを選んだのはヨーロッパへの憧(あこが)れと、イギリスの方が治安が良いと勝手に思い込んでいたからである。
1年間、昼はスーパーでレジ打ちアルバイト、夜は貿易会社でテレックスオペレータとして働き、旅費を貯(た)めた。遊ぶ時間よりも、「海外に行きたい」という夢実現に向け毎日が充実していた。
いよいよ、イギリスに降り立ち、最寄り駅と住所を書いた紙きれを片手にホームステイ先に向かった。ところが、乗換駅(ヴィクトリア駅)で行き先の違う列車に乗ってしまったのだ。辿(たど)り着いた場所は人気のないひっそりとした駅だった。あたりは日が暮れて心細く、異国の地に1人ポツンと取り残された孤独感、不安感が募ってきた。
反対側の戻り列車に乗ろうと歩き出したら、黒人の男性が此方(こちら)を見ていた。視線から逃れようと足早に駆けるとその男性が声を掛けてきたのだ。何を言っているのか英語も聞き取れず、警戒心からスーツケースをぎゅっと手繰り寄せた。
すると、両手で大きなスーツケースを引きずる私に手を貸してくれたのだ。目を大きく見開き、お礼を言うと白い歯でニコっと笑顔を返してくれた。その時のふっと力が抜けていく安堵(あんど)感はいまだに忘れられない。それよりも、ほんの一瞬でも疑惑の念を抱いた自分が恥ずかしかった。
それから1カ月間は、バッキンガム宮殿近くの学校に通い楽しい時間を過ごした。今でも大きなスーツケースを見るたびに、あの時の男性のことを懐かしく思い出す。
(今井恒子、(株)フロッサ代表取締役)
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