<金口木舌>数に向き合う姿勢

 紀元前のエジプトでは数字には象形文字が用いられていた。万の単位は指、千の単位には蓮(はす)をかたどり、2万なら指が二つ、9千だと蓮が九つ並ぶ

▼10をⅩ、5をⅤとするローマ数字は今でも時計などに用いられる。12ぐらいまでならいいが、桁が増えると表記が面倒だ。億や兆の数字は一目見ただけでは読み取れそうにない
▼古い本だが、数学者の吉田洋一の「零の発見」(岩波新書)がこれらの数え方を紹介している。ゼロを用い、10個の数字であらゆる数を表せるインド記数法がいかに革新的だったかを説く。インド記数法なくして「こんにちの科学文明はもたらされえなかった」
▼数学の発達による恩恵を人類が受けるには数学者たちの挑戦があった。同じく数字にまつわる話であっても、数を扱うこちらの了見の何と浅はかなことだろう。中央省庁などの障がい者雇用の水増し問題だ
▼あろうことか参院などの立法機関、最高裁などの司法機関でも発覚した。本島中部に暮らし、就職を目指す障がいのある男性は「結局は数でしかないということ」と不快感をあらわにした。寂しげな声に受けた傷の深さを思った
▼吉田の著書は、世の中の当たり前を疑うことが数学の研究には大切だと教えてくれる。不正のあった機関には水増しに気付いていた職員がいたはずだ。ごまかして当然、だったのだろうか。何ともやるせない。