<社説>座り込み500日 驚異的な非暴力の闘い

 人々の「思い」の総量は、いったいどれほどに達するだろう。辺野古新基地建設に反対する市民のキャンプ・シュワブゲート前の座り込みが500日を超えた。

 18日は千人もの人が参加した。行ったことのない政府の人には分からないだろうが、例えば県庁前からあそこまで行くには相当な時間を要する。平日に行くからには無理を重ねてのことだ。よほどの思いがなければできない。そしてその背後には体力その他の事情でどうしても行けなかった人が膨大にいるはずだ。
 それが500日にも及ぶのである。市民が選挙で示した意思を、その通り実行してほしい。ただそれだけの、ほんのささやかな望みを実現するために、これほどの努力と犠牲を払わなければならない地域がどこにあろう。
 しかもその努力はゲート前だけではない。辺野古漁港近くのテントでの座り込みは11年7カ月、4232日にも及ぶ。それでもなお政府は強権的に民意を踏みにじるのである。どこにそんな「民主国家」があるだろうか。
 驚異的なのは、その膨大な時間の中で市民の側は徹底的に非暴力を貫いていることだ。
 やむにやまれぬ思いを抱えて、途方もない時間をかけて抗議してもなお踏みにじられれば、過激な行為に走るものが現れる例は、世界各地ではままある。それと対照的な沖縄の徹底した非暴力・不服従の闘いは称賛に値しよう。
 むしろ暴力的なのは日本政府の方である。市民が道路に倒されてけがをしたり、頭を水中に沈められたりといった行為が頻発している。救急車の出動は何度もある。いずれも運ばれるのは市民の方だ。18日も海上保安官に押さえられた際に意識もうろうとなった市民がいた。何と野蛮な政府であろうか。
 だがそれは、むしろ政府の側が追い詰められた結果とも見える。政府が県を提訴し、政府の勝訴必至と言い立てる言説が多いが、承認取り消しをめぐる政府の対応には矛盾があり、訴訟の行方は分からない。県の提訴も予定される。文化財保護法に則して工事中止に至る可能性も高い。知事と名護市長が「あらゆる手段」で阻止を図れば、工事を完遂することはまず不可能だ。
 何より国内世論が沖縄に味方しつつある。国際社会も見ている。政府の野蛮はその焦りなのではないか。理は沖縄にある。
英文へ→Editorial: The marvelously non-violent sit-in at Camp Schwab lasts 500 consecutive days