多くの人命を奪った惨事の刑事責任が問われることになる。事故の真相を解明し、責任の所在を明らかにすることで、悲惨な海難事故の再発防止につなげたい。
北海道・知床沖で2022年4月、観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」が沈没し20人が死亡、6人が行方不明になった事故で、第1管区海上保安本部は運航会社「知床遊覧船」の社長を業務上過失致死などの容疑で逮捕した。
悪天候にもかかわらず、運航管理者として出港を見合わせたり、航行継続を中止したりするなど安全を確保する義務を怠り、観光船を沈没させた疑いが持たれている。事故時に乗船していない運航管理者の逮捕は異例だ。
悲惨な事故から約2年5カ月になる。この間、運航会社のずさんな安全管理体制が明らかになっている。
事故を調査した運輸安全委員会が昨年9月に公表した報告書は、船首付近のハッチが確実に閉鎖されないまま出港し、悪天候でふたが開いて浸水したことが事故原因と結論づけている。逮捕された社長は船に関する知識や経験はないのに、安全統括管理者や運航管理者に就いていた。運航会社に安全管理体制が存在しない状態だった。
このような安全管理体制の欠如が事故にどのような影響を与えたのか、海保の捜査で解明されることが求められる。それが今後の事故防止策の前提となる。
同時に問われるのが国側の安全対策である。運輸安全委の報告書は国や関係機関の監査・検査の実効性に問題があったと指摘している。
国土交通省北海道運輸局は事故の前年、運航会社を特別監査している。その後も抜き打ち確認を実施しているが安全管理上の不備を把握できなかった。報告書を受け、斉藤鉄夫国交相は「実情を把握できず事故が起きたことは痛恨の極み。大いに反省が必要だ」と述べている。
報告書は「事故を未然に防ぐさまざまなセーフティーネットが機能しなかった」と結論づけている。安全を軽視する運航会社の体質に厳しくメスを入れておれば、事故を防止できた可能性がある。社長の刑事責任の追及と合わせて、国の監査・検査を検証する必要がある。
事故を受けて、国は事業者規制や監視強化などを柱とした安全対策の強化を進めているが、道半ばだ。安全を軽視した運航が見過ごされている恐れがある。
JR九州の子会社が今年2月、博多港と韓国・釜山を結ぶ高速船の浸水を確認したのに、国に報告せず運航を継続していた。国交省は今月、「極めて悪質」として、海上運送法に基づき安全確保命令と運航管理者らの解任命令を出した。許されないことだ。
国と民間事業者の双方で知床の事故を教訓としなければならない。マリンレジャーを観光の柱とする本県も同様だ。