58年前の事件で死刑が確定し、無実を訴え続けてきた袴田巌さん(88)の再審公判で、静岡地裁は無罪判決を言い渡した。弁護側が主張した過酷な取り調べによる自白の強要や証拠の捏造(ねつぞう)などを認め、検察側の主張を一蹴した。戦後、死刑事件の再審無罪は5例目である。
袴田さんは約48年にもおよぶ拘禁によって意思疎通が難しく、心身ともに不安定な状態にある。捜査機関と司法が冤罪(えんざい)を生んだ責任は大きい。一刻も早く袴田さんの名誉を回復しなければならない。同時に冤罪を防ぐための再審制度見直しを急ぐべきだ。
判決は、検察が提示した有罪を示す証拠には「三つの捏造」があると指摘した。三つとは(1)検察側が作成した自白調書(2)犯行着衣とされた「5点の衣類」(3)実家から見つかったズボンの切れ端―である。そのうち「5点の衣類」と切れ端は捜査機関の捏造と認定した。
調書についても「肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取り調べで作成された。実質的な捏造と評価できる」と判断した。
警察、検察が提示した有罪の根拠は全面的に否定されたのである。袴田さんを真犯人と決めつけ、有罪に持ち込むため捜査機関が「三つの捏造」をしたならば言語道断だ。判決を重く受け止めて全容を明らかにしなければならない。当然、捜査機関として袴田さんに謝罪し、損害賠償をすべきだ。
国井恒志裁判長は判決の付言で「裁判所として審理に時間がかかってしまったことは本当に申し訳ない。有罪か否かを決めるのは警察でも検察でも世論でもなく裁判である。真の自由を獲得するには時間がかかることを理解してほしい」と述べている。
袴田さんや裁判を支えた姉のひで子さんに対する謝罪である。しかし、冤罪で苦しんでいる人の名誉を回復するために時間がかかってはならないはずだ。
今回の無罪判決を手放しで評価するわけにはいかない。捜査機関によって捏造された証拠で、一人の無実の国民の命が奪われようとしたのだ。検察の主張に沿って死刑判決を下した裁判所を含め、刑事司法全体の在り方についても厳しい目を向けなければならない。
再審に関する刑事訴訟法の規定は70年以上にわたり一度も見直されていない。袴田事件の第2次再審請求では、検察側が取り調べを録音したテープや供述調書などの証拠を開示したが、再審制度の見直しとしては不十分だ。
日弁連は、裁判所が再審を認めた場合、検察官の不服申し立てを禁止することを求めている。冤罪事件を防ぐには、検察に証拠開示を義務づけ、抗告ではなく再審で主張を展開させるよう規定を改めるべきである。再審制度の改正なくして、司法に対する国民の信頼は回復できない。