<南風>公訴時効 改正できず


社会
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 刑法における性犯罪規定改正で、最も残念に思っていることを書きたい。犯罪には「時効」があるというのは刑事ドラマなどで観(み)られたことがあるのではないだろうか。時効には種類があるが、今回問題にしたいのは「公訴時効」。ある犯罪が終わってから、検察官がその事件について裁判所に審判を求める「公訴の提起」ができなくなるまでの期間の問題だ。性犯罪の場合7年から10年(ケガや死に至った場合は15年)だ。

 子どもの性被害について考えてみてほしい。例えば5歳の時に被害にあったとする。もしケガに至っていなければ、遅くとも15歳の時には時効が成立してしまう。特に保護者が加害者の場合は、その下で暮らす子どもが、15歳までに自分が性被害にあっていると自覚し、さらにそれを他人に伝えることができるだろうか。性犯罪は親告罪でなくなったので、外の大人が気づいてくれればよいが、性虐待は家庭内で隠され、長く続いていることも多い。心の傷も大きいので、他人に話せるようになるには大変な時間を要する。

 他の多くの国では、子どもに対する性犯罪の場合、公訴時効は成人になった時から始まると改正している。日本ではこれができなかった。理由の一つは、時間が経(た)つと証拠がなくなるというものだ。この点をスウェーデンの検察官に聞いた時の答えが忘れられない。「時効だからと門前払いされるのと、一生懸命捜査をしたけれど証拠がみつけられずにごめんなさいと言われるのでは、被害者の気持ちは全然違うでしょう?」。さらにお隣りノルウェーでは、子どもが性被害を語れるようになるまでに長い時間がかかることを考慮して、時効をなくした。証拠が残っているケースだってないわけではない。被害者の心と、現実的な捜査の可能性。どちらが重要だと思われるだろうか。
(矢野恵美、琉球大学法科大学院教授)