コラム「南風」 切り捨てない憲法を


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 来る5月3日は1947年日本国憲法施行の66周年です。「占領軍により押し付けられたから変えなければいけない」と主張する人もいますが、現憲法は、鈴木安蔵ら「憲法研究会」が作った草案等、民間の日本人の草案を重視しながら起草され、日本の国会で審議されて成立したものです。この新憲法により、天皇に代わり市民一人一人が主権を獲得、女性が男性と法的に平等となりました。

 同時に忘れてはならないのは、憲法が切り捨てた人々です。1945年12月の衆議院議員選挙法改正で女性は参政権を得ましたが、朝鮮人・台湾人の選挙権は停止され、米軍政下にあった沖縄も施行の例外扱いとなりました。現憲法を審議した46年の国会に沖縄選出議員はおらず、「平和憲法は、沖縄を除外することによって成立」しました(『新崎盛暉が説く構造的沖縄差別』高文研)。
 また、憲法制定の段階で日本側は、法の下の外国人平等が保障されることのないように占領軍案を変更しました。施行の前日、天皇は最後の勅令「外国人登録令」を出し、在日朝鮮人と台湾人を外国人とみなし、憲法から切り捨てたのです。
 沖縄はその後、憲法の下に「復帰」したのに、占領中に沖縄に集約した米軍基地は減らず、9条の恩恵を一度も実感することなしに今に至るのです。日本にはいまだ人種・民族差別を禁止する法律もありません。最近の排外的集団による在日コリアン社会へのおぞましい差別行為は、少数派が安心して住めない日本を象徴しています。
 憲法を「正す」という意味での「改正」をするのなら、憲法から除外された人々を名実ともに呼び戻すための真の改「正」でなければいけません。現政権が目論(もくろ)むような、軍国主義を復活させ基本的人権を制限するようなものであっては決してならないのです。
(乗松聡子、ピース・フィロソフィーセンター代表)