コラム「南風」 美味しい平和活動


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 昔はよくお肉を食べていた。そんな私が穀物と野菜だけの食事をはじめたのは10年前。体調不良からだった。菜食は偏った食事と思われがちだが、カール・ルイスもナブラチロワも現役時代は菜食だったそうだ。私も菜食になってから疲れなくなり、風邪もひかなくなった。

 そもそも日本人は1200年もの間、菜食だった。天武天皇が肉食禁止令を発令し明治天皇が解くまでは、あらゆる動物の肉、魚さえも食べることが許されていなかった。ところが明治に入ると一転して、富国強兵のため兵士に肉が配られたという。肉を食べると闘争心が湧き起こるからだろう。日本は「瑞穂(みずほ)国(のくに)」と言われるように穀物の国。「平和」の「和」は穀物を意味する「禾(のぎ)」に「口」と書く。つまり穀物を食べていれば「和」の心が培われると昔の人は知っていたのだ。
 沖縄もかつてはたくさんの穀物を作っていた。粟国島や久米島など穀物の名を持つ島もあり、西表島は500年の稲作文化を誇る。泡盛のアワは「粟」盛りだという説もある。今も離島へ行くと雑穀の記憶をもった人たちが「あれはうまかったよ」と懐かしそうに話してくれる。沖縄にもともとあったうまい「禾」をもう一度よみがえらせたい。それを美味(おい)しく料理して、たくさんの人に「口」にしてもらうこと。それが浮島ガーデンにできる一番の「平和」活動だと信じ、農家さんを巻き込みながら雑穀栽培も行っている。
 みんなが耕せば戦争はなくなると誰かが言っていた。自分の食べ物を自分で作っていたら、毎日の食べ物に必死で戦争どころじゃなくなるだろう。そして畑という命が生まれ、命を育む場にいれば、命を大事にする気持ちも育つ。間もなく戦後70年の終戦記念日。節目の年を始まりの年と捉え、平和の種まきをパワーアップさせたい。
(中曽根直子、風土コーディネーター)