マスク氏とツイッター 「巨大な私物」によるリスキーな社会実験<米重克洋 デジタルジャーナリズム研究>


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米重克洋(JX通信社代表取締役)

 イーロン・マスク氏が「市民ジャーナリズムに力を与える存在」だと称揚してきたツイッターを買収し、自ら経営するようになっておよそ半年が経過した。このところ、そのイーロン・マスク氏の一手には驚かされることが多い。

 最も衝撃的だったのは、4月3日、ツイッターのウェブ版にアクセスした時に表示された「犬の顔」のロゴマークである。おなじみの青い鳥のロゴマークが、柴犬の顔のイラストに変えられてしまったのだ。

 この日の朝、ツイッターをのぞいた筆者は、一瞬PCがハッキングされて違うサイトにでも飛ばされたかと身構えた。が、そこはまがうことなきツイッターであった。事のてん末は、過去にあった、ツイッターのロゴマークをマスク氏が関心を持つ暗号資産(仮想通貨)「Dogecoin(ドージコイン)」のロゴマークである柴犬の顔に変えてほしいというフォロワーのジョークのような要望に応えた、ということらしい。

 ロゴマークは数日で元の青い鳥に戻されたが、この出来事はマスク氏によるツイッターの「私物化」だと声高に批判するインフルエンサーやジャーナリストも多数見られた。

 残念ながら、こうした批判は失当だろう。身もふたもない話だが、マスク氏はツイッターを私物化しているのではない。そもそも「私物」そのものなのだ。この出来事を通じて、皆が公共的な新しいニュースのプラットフォームだと思っているその場が、実は個人の巨大な私物であり、意味不明なジョークひとつにも簡単に振り回されるという冷徹な現実を改めて突きつけられたに過ぎない。

 この頃のツイッターの動きには、まさに一個人の私物らしい不安定さ、予測不能さが常に見受けられる。「犬の顔」事件から1週間後、ツイッターは突如、イギリスの公共放送BBCの公式アカウントに「国家当局関係メディア」という意味のラベルを表示した。同時に、アメリカの公共ラジオ放送NPRなどのアカウントにも同様のラベルが付与され、両社は強く反発した。こうしたラベルは、元々マスク氏に買収される前のツイッターが、ロシアや中国など各国の国営メディアによる発信や、政治家、政府当局による発信をユーザーが識別しやすくする目的で付与し始めた。要はプロパガンダやフェイクニュース対策の目的の意味を含むラベルである。

 言うまでもないことだが、BBCは国営メディアではなく公共放送だ。収入の大半はNHKの受信料に相当する視聴契約料や商業的な収入であり、政治の意思で政府のメッセージもといプロパガンダを発信するメディアとは根本的に異なる。NPRも政府からの助成金は予算の1%未満に過ぎない。それにもかかわらず、BBCやNPRのアカウントにあえて「国営メディア」というラベルを付与したことには、マスク氏のマスメディアに対する不信感や彼特有のバイアスを感じざるを得ない。

 BBCは直後にマスク氏にインタビューの機会を与えられ、その後同社のアカウントに付与されるラベルは「公共的な資金によるメディア」に改められたが、なお違和感は拭えない。

 同様の問題は、一般の個人のアカウントにも及んでいる。従来、著名人やジャーナリストなどの発信者本人を識別するために無償で付与されていた青いバッジ状の認証マークが、ツイッターの有料サービス「ツイッターブルー」購入者を示すマークにそのまま流用され、その本人識別機能を失ったのだ。

 筆者も2017年頃から自らのアカウントに認証マークが付与されているが、このマークの付与時には、アカウントが本人のものであることを確認するための厳格なプロセスが存在していた。一方、ツイッターブルーは日本円で1000円ほどの月額を払えば誰でも加入できるサービスだ。それでいて、従来は本人識別機能として使われていたマークを得られるのだから、悪用を考えるユーザーが出ないはずがない。アメリカでは、この措置の開始後、有名企業のアカウントを装ったツイッターブルー加入アカウントが偽の情報を投稿し、その企業の株価が大きく下落するといった事態も発生した。ツイッターユーザーが、従来正確な情報源を見分けるひとつの手がかりとしてきた機能が失われたことになる。

 こうした状況を見るに、マスク氏はツイッターにおける情報の正確性や、情報空間としての健全性に対していまひとつ関心がないように見える。もしくは、マスク氏の考える情報の正確性や健全性は、われわれが考えるそれとは尺度が根本的に異なるかもしれない。

 従来、景気サイクルにも振り回されやすく不安定な広告収益に依存していたツイッターを、課金サービスの提供によりビジネスとして安定させる取り組みは評価できる。結果がうまくいくかどうかは別として、課金サービスを提供することが経営上、合理的な判断だと言える。一方で、今まで無料で使えていたツイッターにお金を払おうとするユーザーは、ツイッターの何を評価しているのだろうか。おそらく、有用な情報収集ができるとか、リアルタイムなコミュニケーションができて楽しいと感じており、その場が維持されると良いという考えでお金を払っているユーザーが多いのではないだろうか。

 だとすると、情報空間としてのツイッターに多大な影響を及ぼすマスク氏の行動には少し危うさを感じる。今のツイッターユーザーが感じている価値は、マスク氏が新たに作った価値ではなくそれ以前に作られたものだ。今後、これまでの実業家としてのさまざまな実績と同様、現状からは想像もできないような価値を創り出す可能性もあるが、一方で土台を揺るがすような事態に至らないか不安もある。

 マスク氏は以前、ツイッター買収により、「エブリシングアプリ『X』の開発が加速する」といったツイートをしていた。エブリシングアプリとは、その呼称の通り万能で情報発信だけでなく決済や多様なサービスの利用など、単一のアプリで何でもできる状態を指しているようだ。日本で言えば、LINE(ライン)が近いかもしれない。

 その「X」の構想の進展を裏付けるかのように、今月、法人としてのツイッター社は消滅し「X」という会社に統合されていたことが判明した。今後も何がどうなるか、予測不能な社会実験が進んでいく。(米重克洋、毎月第4週水曜更新)

 ☆よねしげ・かつひろ JX通信社代表取締役。報道研究家。1988年、山口県生まれ。AIを活用した事件・災害速報の配信、独自世論調査による選挙予測など、「ビジネスとジャーナリズムの両立」を目指した事業を手がける。