有料

年賀状じまい 手ぶらで生きる<小川糸「一筆申し上げます」>


年賀状じまい 手ぶらで生きる<小川糸「一筆申し上げます」> 小川糸「一筆申し上げます」
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信

 今回から、こちらのコーナーを担当することとなりました。どうぞよろしくお願いします。

 毎年、お正月は年賀状を書いて過ごしてきました。いただいた年賀状に、一通一通手書きで宛名とメッセージを書き、お年玉付きの切手を貼って新年のごあいさつとするのが、私にとってのお正月でした。けれど、今年からそれをしていません。迷った末に、年賀状じまいをいたしました。

 私ごとですが、昨年、人生の節目の50歳を迎えました。そのことで、ますます終活に力を入れたいと思うようになったのが一番の理由です。今はもう、年賀状という紙の形にこだわらなくても、新年のごあいさつはさまざまな方法で可能です。もちろん、新年早々のお楽しみがなくなってしまうことに対して、一抹の寂しさはありますが、この先ずっと皆さまに年賀状を書き続けるというのもまた現実的ではないので、今年がちょうどいい区切りであると判断しました。これまで年賀状をくださっていた方々には、昨年の暮れ、年賀状じまいのごあいさつ状をしたため、お一人お一人にお送りしました。

 何が正解というのはないと思うのですが、そのことによって、気持ちが少し軽くなったのは事実です。空いた時間で、お正月、私は近くの温泉に行きました。

 日頃から、なるべく荷物を少なくし、無駄なものを持たないようにしたいと思っています。荷物には、目に見えるものも、見えないものも、両方含まれます。人は、手ぶらで生まれ、また手ぶらで死んでいきます。どんなに多くを所有しても、何一つ、それこそ1円玉の1枚も、その手に持っていくことはできない。だから、なるべく今のうちから、自分にとって必要としないものは、潔く手放し、それを必要とする人の元へ譲り渡していこうと考えています。

 生きていると、知らず知らずの間に荷物は増える一方です。ですから、意識して荷物を減らしていかないと、自分自身がその荷物の間に挟まってがんじがらめになり、身動きが取れなくなってしまうような気がします。

 何かを得るためには、勇気を持って何かをやめる決断をすることも大事なのかもしれないと、温泉の帰り、空っぽの郵便受けを見て実感しました。

 年明け早々、自然災害に見舞われましたが、これからの1年が平穏無事でありますように。年賀状を書こうが書くまいが、願う心に変わりはありません。(小川糸、隔週木曜に更新)

 ☆おがわ・いと 作家。1973年山形市生まれ。デビュー作「食堂かたつむり」(2008年)以来30冊以上の本を出版。「つるかめ助産院」「ツバキ文具店」「ライオンのおやつ」がNHKでテレビドラマ化された。近作に「とわの庭」「椿ノ恋文」、エッセー集「糸暦」など。