prime

桜の開花で喜ぶ脳 不確実さが「もののあわれ」に<「茂木健一郎のニュース探求>


桜の開花で喜ぶ脳 不確実さが「もののあわれ」に<「茂木健一郎のニュース探求>
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信

 桜の開花は「国民的関心事」である。今年は思っていたよりも遅かった。雨の日が続き、ようやく3月末になって各地で本格的に咲き始めた。桜の祭りやフェスを運営している人たちはやきもきしただろうし、関連ビジネスの方々は気が気でなかったろう。

 日本人が桜の開花に一喜一憂するのは伝統だが、最近では国外でも関心が広がっている。桜の下で楽しい時間を過ごす「花見」が世界的に有名になって、それを目当てに訪日する観光客も多い。いつ開花するのか、ツアーを主催する会社や、個人の訪日客が強い関心を寄せている。日本だけでなく、もはや海外でもニュース価値を持つのだ。

 なぜ、これほどまでに桜の開花は私たちの胸を騒がせるのだろうか? 人間の脳は、不確実な刺激に対して強く反応する。とりわけ、自分たちにとって「うれしいこと」が予想できないかたちで起こると、神経伝達物質であるドーパミンが媒介する報酬系が活性化する。

 桜が咲くと、脳は喜ぶ。その姿は愛らしく、美しい。長い冬が終わって、春が来たという開放感がある。花見のような楽しい機会もあるし、さまざまな人生の節目にもなる。花自体が本来持つ魅力に文化的な意味合いが重なって、桜は特別な存在になっているのだろう。

 「桜が咲く」ということは、物事の成就に例えられる。受験で合格した時には、その喜びの象徴としてしばしば桜が使われる。

 今では合格発表も、受験番号をインターネット上で示す方式が主流だが、かつては掲示板に張り出されていた。大学入試では、遠隔地の受験生のために「サクラサク」という「合格電報」が送られた時代もあった。

 合格の喜びを「サクラサク」と表現することは、脳の働きから見るとなかなかに奥深い。今年がそうであったように、桜は、いつかは咲くと分かっていても開花を予想するのが難しい。

 今日は咲くか、明日はどうか、今週末はお花見ができるのか。天候などを参照しながら、その不確実性にドキドキしている時の脳の働きは、受験生が合格発表で自分の番号があるか、不安と期待を抱いて待つ時に似ている。

 だからこそ、合格を「サクラサク」と表現するのは、ぴったりと来るのだろう。これが「月満ちる」では、確かに満月はおめでたい気もするが、月齢の進行はあらかじめ分かっているから、感激の内容が違う。私たちは、そんな細かいニュアンスまで感じ取って言葉を使い分けているのだ。

 この世の出来事は、なかなか予測が難しい。桜の開花は、地球温暖化に伴って次第に早くなるとばかり思っていたら、今年のように遅れることもある。だからこそ、私たちは周囲に気を配ってなんとか未来を予測しようとする。桜の開花は、未来予測のちょうど良い練習問題となるのだ。

 米国の気象学者エドワード・ローレンツ氏の研究により、ブラジルの密林でチョウがどのように羽ばたくかが、回り回って遠く離れた米国のテキサス州でトルネードが発達するかどうかに影響を与えるという「バタフライ・エフェクト」が発見された。

 ローレンツ氏は2008年に90歳で亡くなったので、21年に日本出身の真鍋淑郎さんらが「気候変動の予測」でノーベル物理学賞を受けた際、受賞者に加わることができなかった。この世の栄華もまた、時にバタフライ・エフェクトに左右される。

 自然も人生も、何がどうなるか分からない。今年のNHK大河ドラマ『光る君へ』の主人公、紫式部の『源氏物語』は、予測不能な人間の生命の在り方に対する感受性、「もののあはれ」にあふれている。そして、もののあはれは、近年では日本文化を理解する鍵として、世界的な注目を浴びるに至っている。

 本当に予測が難しかった今年の桜の開花。いつ咲くかと人々がやきもきしたり、花見の幹事さんが開花状況や当日の天気に気をもんだりする日本のありさまは、脳にとっては、報酬系のドーパミンの働きを通して、格好の「もののあはれ」のレッスンを提供しているとも言える。

 咲いたり散ったりする時期が簡単には分からないから美しい。そんなことを考えていると、なんとはなしに自分の人生と重なって、桜の花を見上げる私たちのまなざしもより一層深いものになりそうだ。(茂木健一郎、隔週木曜に更新)

 ☆もぎ・けんいちろう 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京大学大学院特任教授、屋久島おおぞら高校校長。1962年、東京都生まれ。東大大学院物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。新聞や雑誌、テレビ、講演などで幅広く活躍している。著書に「脳とクオリア」「脳と仮想」(小林秀雄賞)など多数。