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『阿久悠 詞と人生』吉田悦志著 日本的情緒を排した世界

 

 阿久悠が逝って10年。昭和歌謡史に巨大な足跡を残したこの作詞家に関する評論、評伝は既に数多く存在する。本書は日本文学の研究者が大学紀要に掲載した論考が基になっている。「父」「女性」「文学」を切り口に精緻な阿久悠論を展開する。

 阿久自身の告白によると、作詞の出発点は同い年の天才歌手・美空ひばりを仮想敵と見定めたところにある。彼女が完成させた流行歌の世界、すなわち情でつながる人間関係、ひたすら耐えて待つ女、絶ちがたい望郷の念――そんな高湿度の日本的情緒から解き放たれた歌謡曲を阿久は志した。

 「ジョニィへの伝言」では男を見限り旅立つ女性、「舟唄」では根無し草のさすらい人の心情をつづった。「北の宿から」で別れた男のセーターを編むという一見「耐えて待つ女」の行為は、阿久に言わせれば新たな人生のため過去を清算する儀式だ。

 阿久は淡路島の巡査だった父親の転勤に伴って転居と移動を繰り返す幼少期を送った。土地や人に執着しない作品世界は、そんな原体験が基底にあると著者は見る。

 大橋純子の「たそがれマイ・ラブ」は森鴎外の『舞姫』を下敷きとし、“上野発の夜行列車”から始まる「津軽海峡・冬景色」の出だしは、川端康成の『雪国』の冒頭に触発されて書かれた。

 名曲誕生の背景を知ると、何度も耳にしてきた歌がまったく別の肌触りをもって立ち上がる。そしてその詞をあらためて活字で追うと、わずかな言葉で紡がれた世界の鮮烈さに息をのむ。

(明治大学出版会 2000円+税)=片岡義博

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(共同通信)