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『間取りと妄想』大竹昭子著 物語を俯瞰で眺める不思議

 

 短編小説集である。そしてそのひとつひとつの扉に、小さな間取り図がついている。そのページに指を差し入れ、いつでも見返せるようにスタンバイしながら物語を読み進める。それぞれの物語の舞台となっている家の構造を、俯瞰で眺めながらページをめくる。

 ……楽しい。

 それぞれの物語において、とりたてて劇的な何ごとかが起こるわけではわりとない。そこに暮らしている人の、ほんのひとときの心のスケッチが淡々と重ねられていく。あれ、終わっちゃった。え、この後どうなるの。ほんのりと残る宙ぶらりん感を、しかし間取り図が不思議な余韻に変える。初めてひとつ屋根の下に暮らし始めた恋人同士。息を潜めるようにして、窓のない一室で新聞の三面記事に熱中する女。線対称型の2部屋で育った双生児たちの成長記。間取り図がなかったら、ただの風景として読み流していたであろう、具体的な構図の数々。言葉を読解するのとは別の脳みそが、読書中に働くという奇妙な実感。

 やがて読み進むうちに、脳みそがそれらに慣れてくる。「間取り図がある」ことに心躍っていたのが、「間取り図がある」だけではあんまり驚かなくなってくる。というか「間取り図がある」ことが普通、みたいな感覚になる。ふと、本に何かが挟まっているのに気づく。開いてみると、全ての間取り図を並べた屏風折りの小冊子だ。扉ページに指を差し入れて、行きつ戻りつ読んでいたのが、俄然、楽になる。

 ……画期的。

 しかしふと、この小冊子だけを客観的に眺めてみると、なんだか可笑しくなってくる。載っているのは、それぞれの短編のタイトルとページ数、そして間取り図のみである。ちょっと、小説を読まずにこっちだけ眺めてみようかなと思う。妙な家だらけである。居住空間よりベランダの方が断然広い家。何しろ部屋数ばかりがめちゃくちゃ多い家。ここでこれから何ごとが繰り広げられるのか、ちょっとわくわくしてくる。

 この時間。この時間こそが本書の醍醐味、まさに「間取りと妄想」であることに気づく。

 そもそも間取り図って妄想の種である。手の届くはずのない分譲マンションのチラシを、胸躍らせながら眺める習慣のある人も多かろう。あるいは、もはや自分には無縁の代物であると、いつからかその習慣をやめてしまった人もいるかもしれない(私である)。

 物語に登場するのは、読み手とは無縁の人たちだ。なのに、間取り図に思いを巡らせるのはちょっと楽しい。一気に読み進めるのではなく、一篇一篇、ちびちび楽しむのがおすすめである。時には本を手放して、小冊子のみを眺めながら。

(亜紀書房 1400円+税)=小川志津子

間取りと妄想
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(共同通信)