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『ゼンマイ』戌井昭人著 人生のすべてはあっけない

 

 ひと息に読んだ。いろんな人たちが鮮烈に登場し、あっさりと死んでいく。そんな死者たちの間をかいくぐりながら、豪傑に生きてきた77歳の老人が、懐かしい恋を確かめるべく、モロッコへと旅立つ物語だ。

 すべり出しは、老人の述懐である。60年代、「ジプシー魔術団」と名乗るフランスのグランギニョール(見世物小屋)が来日し、日本全国で興行を行った。そのトラック運転手として雇われた、竹柴保という男。彼が物語の主人公である。

 77歳になった現在の彼はエネルギッシュに、当時の記憶をあふれ返らせる。ハンドルを握ってやんちゃをしていた頃のこと。その頃出会った、あんな人やこんな人。個性的すぎる男たちそれぞれの末路。興行主にトラック運転手として雇われ、「ジプシー魔術団」の興行に同行するようになると、身体の大きさを自在に変えられる女・ハファと恋仲になった。

 もちろん言葉は通じない。けれど2人は通じ合っている。旅仲間の間でも公認の仲になった2人は、いずれ別れることになるのだと知っていて、だからこそ、とびきり楽しい季節を過ごす。

 今やトラック運搬会社の社長の座に成り上がった竹柴は、その温もりをずっと抱えながら生きてきた。ある日インターネットで「ジプシー魔術団」を検索した彼は、彼らのホームページに行き当たる。――ここからの、竹柴の行動力がすごい。ホームページは全文、フランス語。これを解読できる人間を探して、近くの大学の構内へ乗り込み、学生たちに「フランス語のできる先生」を尋ねてまわり、女性講師にその翻訳と、ホームページへのアクセスを任せる。すると現在その旅一座を運営している人物から、「ハファ」なる人物の最後の消息が、モロッコのタンジェという街で途絶えているとの報が届き、竹柴はタンジェ行きを心に決める。

 ――ここまでの展開が、それはそれはよどみない。フランス語講師の兄であるライターが語り手となって、竹柴の思い出と現在とを縦横無尽に行き来させる。しかも小道具が効いていて、竹柴はハファから、小さなゼンマイ仕掛けの箱を託されている。そのゼンマイを巻かなかった日は、必ず大災難が降り掛かってきたのだと言うのだ。

 旅の始まりに、彼はその小箱をライターに託す。これがすでに「終わりの始まり」であることを、ライターもなんとなく予感している。一人の男が、激動の人生を、愛しい人への思いで閉じようとしている。けれどそこには悲観も未練もなくて、描かれるのは、むしろ幸福そうな旅路だ。明かされる事実に、驚愕するでも号泣するでもなく、ただそれを受け止め、老人は次へ行く。実にあっけない。だから愛おしいのだ。

(集英社 1300円+税)=小川志津子

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(共同通信)