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『Matt』岩城けい著 憎しみの呪縛を解くために

 

 オーストラリアに暮らしながら日本語で小説を書いている作家、岩城けいの新作『Matt』は、2015年に出版された『Masato』の続編である。『Masato』で小学生だった主人公の真人は16歳になり、奨学金を受けて現地の学校へ通っている。

 母と姉が日本に帰って3年が過ぎた。真人と共に暮らす父親は、日本の会社を辞めて現地で中古車輸入のビジネスを始めたが、経営がうまくいっていないらしく、なんだかしょぼくれてしまっている。でも真人自身は友人に恵まれ、「マット」と呼ばれて周囲に溶け込んでいる。

 そこに、同じく「マット」を名乗る転校生、マシューが現れる。演劇の授業で一緒になり、真人は「マット・A」、マシューは「マット・W」と呼び分けられるようになる。ところがこのマシューは最初から真人を目の敵にして「うぜえんだよ、ジャップ!」などと罵る。なぜ彼はこれほどまでに真人を嫌うのか。

 「おまえ……、ほんとに何にも知らないんだな。ここのことも、自分の国のことも? だから、そんなふうに、しゃあしゃあと『ボクは日本人です』ってやってられるんだ? 自分の顔、鏡でみろよ、この恥知らず! 人殺し! おれのじいさん、ジャップに人生台無しにされたんだ!」

 真人は図書館に行き「オーストラリアのパール・ハーバー」の資料を読む。第2次大戦時、日本軍がオーストラリアで何をしたのか。爆弾、捕虜、罵倒、殴打、強制労働…。読み進めていくと「尖った単語が画鋲みたいにびっしり埋まっていた」。真人は何度もつぶやくようになる。「I hate myself!」

 マシューに反発しながらも「死にもの狂いで黙っている」真人。しかしマシューに「おまえらジャップなんか害虫だ、A-Bomb(原爆)でみんな死ねばよかったんだ!」とまで言われて殴り合いになる。

 駆けつけたキャンベル先生が怒って言う。「無関心は最大の罪だ」「きみたちふたりは、おたがいを知らなすぎる。ひとりよがりも甚だしい」「無知は誤解を生み、誤解は憎悪を生み、憎悪は暴力を生む」

 真人の悩みは、自分が自分であることだ。日本人に生まれ、日本の歴史を背負っている。どこで暮らそうとも、日本人である自分から逃れることはできない。

 オーストラリアで暮らす真人の葛藤は、日本で暮らす外国人の苦悩とも重なる。人が生きていくためには、まず自分自身を大切にし、自らに誇りを持たなければならない。そうでなければ異文化が衝突する場面で、他者を尊重し、理解することもできないからだ。「無関心は最大の罪だ」というキャンベル先生の言葉が重く響く。

 真人は自分自身と和解できるのか。2人のマットは憎しみの呪縛を解くことができるか。それは決して簡単なことではないはずだ。

しかし彼らはまだ若く、広い世界が待ち受けている。過去を乗り越え、国籍を超えて、人として向き合える未来を思い描いた。

(集英社 1400円+税)=田村文

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(共同通信)