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『ぼくは朝日』朝倉かすみ著 少年は、すべてを見ている

 

 物語の舞台は、1970年代の小樽。主人公は、「朝日」という名の少年である。小学4年生。「夕日」という名の10歳年上の姉と、父親との3人暮らしだ。母親は、朝日を産んだときに亡くなった。

 序盤は、朝日の周りの人たちのありようを、朝日の視点で丁寧に描いていく。同じクラスの「富樫くん」。電気屋の息子の「カズ坊さん」。朝日の感受性はとても豊かだ。相手が発した言葉の違和感を聞き逃さない。自分が発する言葉についてもそうだ。自分が発した言葉が、自分の言った言葉とは何かが違う。何がどう違うのか、その答えはわからなくても、「なんか違う」ことに関して、彼のアンテナはびんびん震える。

 カラーテレビを導入した朝日の家について、富樫くんは「すごい」を連発する。褒められているのに、朝日はどんどんいらいらしていく。このいらいらは何だろう、と朝日は考える。

 電気屋の息子の「カズ坊さん」が、自分の親たちのことを悪く言うのが朝日は気に入らない。だってアリマさん(カズ坊さんの父親)は、僕らがふざけて故障させてしまったカラーテレビを、鮮やかな手付きで直してしまって、お代も取らなかったのだ。

 読めば読むほど、どんどん、朝日のことが愛しくなっていく。めっちゃ可愛い。そして心優しい。理容室で見かけた女の子に、なにか言葉をかけたかったけれど、うまい言葉が見つからない。「なにか言葉をかけたい」という気持ちの正体もわからない。

 そして、朝日の家に、一匹の猫がやってくる。朝日に対していろいろと厳しい「お姉ちゃん」が、最初はダメの一点張りだったのに、おばあちゃんと話をした翌朝、折れたのである。朝日は、張り切って猫を育てる。育てながら、人間たちの言葉を客観的に聞く。

 そして物語終盤。思わぬ登場人物の、思わぬ秘密が明らかになる。……いや、明らかにはならない。すべては朝日の視点で描かれるので、「大人たちがなんか変だ」、という描写だけが連ねられていく。読み手にはうっすらと想像がつく。でも、それが正解なのか否かは、最後まで語られない。

 確かに、子どもはそうやって育つように思う。大人たちの秘密を、うっすらと勘付きながら、でも誰も明かしてくれないので、不思議は不思議のままに、記憶の戸棚にしまわれる。そしてその不思議は、大人になってからふいに、戸棚から飛び出てきたりする。

 種明かしのない日々を、少年は生きる。だからこそ少年時代は、きらめくのだ。

(潮出版社 1500円+税)=小川志津子

ぼくは朝日
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(共同通信)