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『遠きにありて』西川美和著 勝ち負けのない世界で、ある世界を思う

 

 『ディア・ドクター』『永い言い訳』などの代表作で知られる映画監督によるエッセイ集。スポーツ誌「Number」に連載されていた、2015年から2018年までの、「スポーツを観る」にまつわる文章たちだ。

 のっけから、書き手の立ち位置が明かされる。精一杯頑張ったのに、水泳が上手にならなかった幼い日。バレーボール部に飛び込んではみたものの、球拾いばかりの毎日で、たくさんの理不尽に震えた日。運動神経に長けた者には見えないであろう景色を、彼女は見つめて、大きくなった。そう、彼女はこの連載で、スポーツを、ほんの少し外側から語るのだ。

 勝ち負けが明らかではない「表現」の畑に身を置きながら、はっきりと点数で勝ち負けが分かれるスポーツ選手たちの研鑽を思う。彼ら彼女らの敗北を見たい、という観衆の潜在的な願望を思う。語られていることの、窓の外には、その時々の時勢が顔を覗かせる。彼女の中では、世界中のあらゆる物事が、ひとつながりである。「スポーツについてのみ」とか「社会情勢についてのみ」とか、「自分についてのみ」とか「他者についてのみ」語るということはしないし、ありえない。

 ひとつながりなのだから、話題が飛ぶこともいとわない。というか、話題が飛ぶ瞬間にこそ、この本は一層きらめくのだ。一本の映画を完成させた後の虚無感から、アスリートたちの戦の後の心象に思いを馳せる。高校野球の応援席からの「○○くん、笑って!」の掛け声から、「働き方改革」の話題を匂わせるあたり、ああ、巧いな、と思ってしまう。

 なぜ、そういった飛躍が可能なのか。それはひとえに、書き手が自分の想像力を駆使しているからだ。自分とはかけ離れた誰かが見ている景色を、書き手はまず、想像する。たぶん、職業柄である。映画のカメラがフレームとピントを定めるように、彼女は、自分とは違う人たちの体感を、自分の身に招喚する。その実感から、言葉を紡ぐ。おのずと、勝負師たるアスリートたちの有り様と、勝ち負けのつかない映画監督がひねり出す言葉が、同系色になる。読む側は自然と、それらの景色を行き来する。そして思うのだ。私たちは、どんな一流アスリートとだって、同じ世界に生きているのだと。

 後半になると、書き手はあらゆるスポーツの現場に潜入する。広島カープの優勝戦。大相撲。甲子園。バスケットボール。遠くから思うのではなく、現場で見て、感じ、それを書く。やっぱり彼女の目は、カメラなのである。言葉が映像になって、読み手の脳裏を染める。

 彼女がスポーツに見ているのは、勝ち負けではなく、人生である。その「人生視力」とも言うべきか、物事から人生を見て取る視力を、この本は底上げしてくれる気がする。くっきりはっきり見えるようになった景色を浮遊して、やがて着地した場所に彼女が置いたもの。それはアスリートへの敬意と、感謝だ。

(文藝春秋 1550円+税)=小川志津子

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(共同通信)