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囲碁ファンにすてきな「初夢」 9歳の仲邑菫さん、プロへ

 井山裕太五冠と対戦する菫さん

 囲碁ファンにすてきな「初夢」が届いた。

 日本棋院が1月5日の「囲碁の日」に、9歳の天才少女、仲邑菫さんのプロ入り決定を発表したのだ。4月のプロ入り時は10歳0カ月。これまでの11歳6カ月の記録を大幅に更新しての最年少プロが誕生する。同棋院が、中国、韓国がリードする世界戦での巻き返しを期して新設した「英才棋士」の第1号だ。

 身長はまだ約125センチ。大きな瞳を輝かせ、はにかみながら会見に臨む姿は、一般的な囲碁のイメージと大きくかけ離れたものではなかったか。そして、そのかわいらしい少女は、翌6日の井山裕太五冠との対戦で、さっそく世間の人々を魅了した。第一人者を相手に堂々と渡り合い、鋭い視線を投げかける。その気迫はまさに勝負師そのもの。囲碁をしたことがない方にも、そのすごみは十分伝わったと思う。

 一躍、時の人となった菫さんだが、関係者の間では話題の少女で、記者も数年前から存在を知っていた。ただ、この種の話はよくあること。プロを目指せるような子どもたちは、周囲のアマチュアの大人たちから見れば、みんな「天才」なのだ。

 記者は子どもの頃、緑星学園という囲碁教室に通っていた。有望な子が多数通い、トッププロの山下敬吾九段をはじめ、多くのプロを輩出してきた名門である。そこでは全国から集まった「天才」たちが競い合い、ごく一部の者が生き残り、プロになる。記者はとうてい、プロを意識するレベルではなかったが…。

 つまり、アマチュアにとっての「天才」と、プロに到達する「天才」とは次元が異なるのだ。菫さんがどちらの天才か、数年前の時点では、よほどの達眼の持ち主でないと見分けはつかなかったのではないだろうか。

 実際、菫さんも8歳のころは、伸び悩んでいたようだ。その頃の菫さんは二つの意味の「天才」の分岐点にいた、と推測する。すでに、プロにさほどハンディをもらわずに対戦できるレベルに到達していたと思われるが、その段階は、ちょうど強くなるのが極端に難しくなってくるレベルである。

 基本的な技術の習得は終了し、進歩を自覚することが少なくなる。そのため、勉強のモチベーションも保ちにくい。このステージを乗り越え、人まねでない独自の構想力や突出した強みを身につけなければ、「天才」の群れから突き抜けられない。このプロへの胸突き八丁をクリアできるか、さらに言えば、どれくらいの速さでクリアできるか、才能が問われるところだ。

 菫さんはその壁を1年ほどの期間で突破したようだ。しかも、8歳から9歳にかけて、である。ここに、驚きがある。

 採用審査にあたり、対局を行った張栩名人は「9歳という年齢でこれだけの力というのは衝撃的だった。盤上にしっかり構想を立てていて、非常に難しい局面でも高い対応力を示してくれた」と絶賛し、井山五冠は1月6日の対戦後に「1年ぶりに対局してみて、この1年の菫さんの成長速度と、その努力にたいへん驚かされた」と話した。それだけ、規格外の成長スピードなのだ。

 昨年、菫さんは韓国で本格的に修業した。その武者修行はもちろん急成長の要因だろうが、韓国留学をした子どもたちがみんな急成長をしているわけではない。伸び悩んでいた時期も含め、不断の努力が驚異の進化を可能にしたのだろう。

 1月23日には修業の地、韓国で女流世界トップの崔精九段と記念対局した。内容は完敗。前日の会見で、「世界で戦える棋士(になりたい)」と目標を語った少女は、さっそく世界の洗礼を浴びた。しかし、対局後には「また打ちたい。(その時は)頑張りたい」と意欲を示した。

 果たして、公式戦の舞台で崔九段と再戦するのはいつになるか。そして、女流の枠を超え、男性を交えた世界戦でも活躍できるか。つい大きな夢を描いてしまうが、まずは春、プロデビューする姿を楽しみに待ちたい。(金井洋龍・共同通信囲碁・将棋チーム記者)


(共同通信)