社会

「かあさん」歌えば響くチベット 来日25年、遊牧民出身女性歌手「声の恩返し」

来日25周年記念コンサートを開催するバイマーヤンジンさん=毎日新聞大阪本社で2019年12月3日午前10時17分、戸田栄撮影

 ♪かあさんが夜なべをして手袋あんでくれた――。チベットの遊牧民出身の歌手、バイマーヤンジンさん=大阪府吹田市=は、日本の「かあさんの歌」を口ずさむと、はるかかなたの高地でヤクとともに暮らす母を思い出すという。故郷への万感の思いを込めた来日25周年記念コンサートが28日、大阪市中央区城見のいずみホールで開かれる。

 中国で、チベット人の多くは貧困にあえいでいるという。バイマーヤンジンさんの父は生活の糧を得るため遊牧生活を送り、母は村の粗末な泥壁の家に残り、8人の子どもを学校に通わせた。現金収入が乏しい中でやりくりをする母の姿が、かあさんの歌と重なる。「特に3番の歌詞に『かあさんのあかぎれ痛い 生みそをすりこむ』とあるのですが、母が冬、手にバターを塗っていたことを思い出します」と涙ぐむ。

 両親は文字を読めない。中国・四川省の都市でトイレへ行った時、母は男女の別を書いた文字が読めず、男子トイレに入って嘲笑された。その苦い体験から、どんなに貧しくとも子どもに教育だけは、と考えたのだった。

 学業成績がよいうえに、音楽の先生に歌の素質を見いだされた彼女は、中国の国立四川音楽大でオペラを学ぶ。一家はほぼ唯一の現金収入源のバターを自宅で食べる分まで売って学費をつくった。

 だが、中国では、貧しく“遅れた”少数民族のチベット人は、露骨に差別された。進学先で、彼女は野蛮な民族の子を意味する「蛮子」のあだ名をつけられ、出自を隠すようになった。

 卒業し、母校で教職につきながら音楽活動をしている時、四川大へ留学していた日本人の夫と知り合って結婚。1994年、夫とともに20代半ばで来日した。

 翌年、阪神大震災が発生。知人に誘われ、避難所でボランティア活動に加わった時、おばあさんから「チベットの歌を聴かせて」とせがまれた。歌うと、「意味はわからんけどねえ」と言いながら、涙を流していた。彼女は「私の方がびっくりしました。でも、その時に体に染みこんでいたチベットの歌の力を感じました」という。この体験が、チベット人であることを隠さずに生きていくきっかけになった。

 やがて、日本で唯一のチベット人歌手として歩み始める。自分だけが豊かな日本で暮らすことに、心の痛みもあった。チベットの子どもたちに教育を贈ろうと、コンサートなどで学校建設募金への協力を呼び掛けた。2007年までに10校をつくった。10校の維持は大変で、近年は存続させるための活動をしている。

 来日25周年にあたり、「日本では幸せ100%でした。感謝の思いを伝えたい。一方、そのうち薄れると思っていた故郷の記憶は、逆に段々と色濃くなります。チベットの人のためにも歌いたい。全ては人の縁で私の今がある。人は人を好きであるべきだというメッセージも送りたい」と語る。

 記念コンサートは午後2時から。問い合わせは、オフィスヤンジン(06・6871・5561)。【戸田栄】


(毎日新聞)









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