社会

冷たい濁流に体力奪われ、姉らと抱き合い5時間…力尽く 熊本・芦北の酒井さん

行方不明者の捜索をする自衛隊員=熊本県人吉市で2020年7月6日午後2時12分、幾島健太郎撮影

 熊本県南部を襲った豪雨の被災地に、行方不明者の生存率が急激に下がるとされる「72時間」が迫っている。しかし、豪雨から3日目の6日は九州全域が大雨に見舞われ、捜索活動は困難を極めた。一方、同県球磨村では、特別養護老人ホーム「千寿園」で心肺停止の状態で見つかった入所者14人の死亡が確認された。被害の全容が少しずつ明らかとなる中、被災地に無情の雨が降り注いだ。

 熊本県芦北町佐敷地区で犠牲となった酒井民子さん(82)は4日未明、押し寄せた濁流に首までつかり、姉の大瀬妙子さん(87)らと抱き合って約5時間耐えたが、力尽きた。

 4日午前3時過ぎ、大瀬さんは猛烈な雨の中、隣で1人暮らしをしている酒井さんを起こしに行った。耳が遠い酒井さんを夫と2人で寝室から外に引っ張り出したが、その時にはベッドの高さまで水が押し寄せていた。水かさはどんどん増して1階が水没した。

 3人は玄関横の物置に入り、荷物に上った。物置の屋根を突き破ったが、迫る水に首までつかった状態で身動きが取れなくなった。元々体が弱い酒井さんは、はじめは呼びかけに応じていた。だが、冷たい濁流に体力を奪われ、助けを待っているうちに口から泡を吹き、反応がなくなった。自力で踏ん張れなくなった酒井さんが流されないように大瀬さんと夫は、酒井さんの体を抱き、手を握り締めて、懸命に耐え続けた。

 約5時間後の4日午前9時ごろ、近所の人がカヌーで助けに来てくれ、酒井さんを民家に運び込んだ。しかし、酒井さんは息を引き取った。

 大瀬さんにとって、酒井さんは小さなころから男の子たちとチャンバラをする活発な妹だった。若いころは陸上やソフトボールの選手として活躍し、草野球の監督も務めた。友達が多く、地域の人にも愛された。年を取ってからも「姉ちゃんの世話にはならん」と口癖のように話していた酒井さん。そんな妹を思いながら、大瀬さんは「自分が最後まで世話をしてあげられた」と語った。

 「自分が生き延びることで精いっぱいだった。何とか妹の火葬だけはしたが、葬儀は落ち着いてからでないとできない」。大瀬さんは寂しそうに話した。【高橋広之】


(毎日新聞)









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