社会

家族の死を機に路上生活者支援へ 西成で20年、配った寝袋1万6000枚超

路上生活者に寝袋を配るため、支援者と打ち合わせをする石黒大圓さん(中央)=大阪市西成区で2020年12月18日、小出洋平撮影

 夜の路上は、しんと冷え込んでいた。2020年末、大阪市西成区にある日雇い労働者の街・あいりん地区。人通りはまばらで、道路脇の暗がりには段ボールの中で横になる人の姿が見える。「おっちゃん、大丈夫か。寝袋いる?」。声を掛け、寝袋やカイロを配って歩く。

 同市中央区の自営業、石黒大圓(だいえん)さん(73)。支援者とともに20年にわたって路上生活者を支えるボランティアを続け、手渡した寝袋は1万6000枚を超える。

 午後9時ごろ。JR新今宮駅近くに、寝床を探す50代の男性がいた。2カ月前から路上生活を余儀なくされ、今夜は近くの道路で寝るという。男性は寝袋を受け取ると、「本当にありがたい。ぬくもりが心までしみます」と両手を合わせた。

 この日は、繁華街の難波などにも移動して約2時間半歩き回り、10人ほどに寝袋を配った。「コロナ禍やから、いつも以上に注意深く見守らんとあかん」。石黒さんは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 ◇活動のきっかけは次男と妻の死

 衣料品卸の仕事をしていた石黒さんが活動を始めたきっかけは、家族を相次いで失ったことだった。白血病を患った次男は1989年、わずか4歳でこの世を去った。その8年後、49歳の妻をがんで亡くした。

 自身もうつ病になり、生きる意味を考えていた時、妻が死の直前に書いた日記を目にした。「人々とのご縁によって私は助けられる気がする」「皆に恩返しをして行くんだ」――。がんの転移で長年苦しみながら、将来の夢や感謝の気持ちを繰り返しつづっていた。

 妻に代わって、自分に何ができるのか。そう考えていたころ、知人に誘われて西成で炊き出しのボランティアに参加し、路上で命を落とす人たちを目の当たりにした。「もう誰も死なせたくない」。寄付を募って購入資金とし、01年から寝袋を配り始めた。

 当初は知人と2人で市内をくまなく歩き、多い年は一冬で1000枚近くを配った。協力者も少しずつ増え、週末には見守り活動や炊き出しも続けている。

 石黒さんの活動当初、路上生活者は大阪市全域にいたが、今は西成周辺に集中している。街を歩いても路上で寝泊まりしたり、亡くなったりする人はずいぶん減ったと実感するという。

 ◇コロナ禍に危機感募らせ

 国の調査によると、市内の路上生活者は、調査を始めた03年は6603人だったが、20年は982人まで減った。ただ、新型コロナウイルスが猛威をふるう今冬は事情が異なる。失業者が増え、炊き出しでも新しい顔を見かけるようになったと石黒さんは言う。

 年が明けても感染拡大は止まらず、収束の兆しは見えない。仕事や住む場所を失った人たちが路上生活に追い込まれていないか。危機感を募らせる石黒さんは、他の支援団体と協力し、例年以上に声掛けを重視して地域を回っている。

 21回目の冬は、いつもより厳しそうだ。「いろんな巡り合わせや支えがあって今がある。感謝を忘れず、いつか妻や子どもに『頑張ったよ』と報告できればうれしい」。寒空の下、真っ白な息を吐き出した。【澤俊太郎】


(毎日新聞)









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