社会

幕末創業 大槌の旅館、今も仮設営業 おかみ、亡き母に再建誓う

おかみの小川京子さん(右)と夫の勝己さん=岩手県大槌町の「小川旅館 絆館」で2021年2月10日午前10時18分、横見知佳撮影

 東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた岩手県大槌町で、被災から10年たった今も元の場所に戻れずに仮設での営業を続ける旅館がある。町中心部に幕末から続いた「小川旅館」。ボランティアや復興工事関係の宿泊客が年々減る中、新型コロナウイルスの影響も逆風となり再建のめどは立たないままだ。それでも、おかみの小川京子さん(60)は「あしたどうなるかもわからない状況だが、諦めたわけじゃない。いつか元の場所に帰ることが最終的な目標だ」と前を向く。

 震災が起きた時、京子さんは先代のおかみで母のミヲさんを見舞うため盛岡市内の病院にいた。タクシーに飛び乗り、普段は2時間の道のりを5時間以上かけて町に向かったが、「山の向こうが真っ赤で町全体が燃えているのが分かった」。最後は徒歩で旅館を目指したが、「ボンボン」という爆発音が聞こえる町の中心部に入ることはできなかった。追われるように津波から逃げたという長男とは数日後に再会できたが、津波と火災に見舞われ、鉄骨だけになった旅館の姿を見ることができたのは約1カ月後だった。

 小川旅館は、かつて大槌城があった城山のふもとに位置し、城下町のはたご屋だった。1970年に建て直され、「旅の我が家」がモットーの家庭的な雰囲気にこだわる。95年には、木造2階建てで8部屋の和室がある旧館の裏手に、鉄骨2階建てで4部屋の洋室がある新館を増設した。

 震災前は、工事関係者が長期で連泊したり、町を訪れた中小企業の社長らのビジネス利用があったりした。名物はミヲさんの作る「イカのふいり」。イカをみそと砂糖としょうゆで煮込んだ料理で、目当てに来る客もいたという。

 高台の避難所での生活中、震災があった日の朝に「行ってきます」と旅館の玄関を出た男性客が、仕事先で被災し亡くなったと知った。「大切なお客さんを失った」と自らを責め、燃えさかる旅館の前に立ち尽くす夢を何度も見た。悲観的になり、橋の欄干に立ち飛び降りようとしたこともある。その時、頭に浮かんだのは入院中のミヲさんの顔だった。「母のために旅館を守らないと」

 京子さんは旅館の跡取りとして迎えられた養子だった。高校進学時、提出書類の戸籍を見て初めて知った時はショックを受けたものの、「きれいで凜(りん)としていて、母のようなおかみさんになりたいと思っていた」。

 厳しく育てられ、直接褒められたことはほとんどない。だが、必死で旅館の仕事を覚えるうち、赤飯の炊き方など認められることも増えた。震災の約半年後、病院でミヲさんから初めて「あなたが私の子どもで良かった」と言われた。最高の褒め言葉だった。2人の絆を紡いだ場所が、小川旅館だった。

 ミヲさんが退院したら旅館で迎えられるように、京子さんと夫の勝己さん(61)は再建を急いだ。焼け残った鉄骨を利用して建て直そうと、被災した同業者らと国や県から支援を受けられるグループ補助金を申請した。しかし、その後に町が中心部の盛り土を決めたため、取り壊しを余儀なくされた。

 急いで町外れに土地を借り、仮設で旅館を建てることにした。基礎から新築することとなったため、補助金分では賄えず、借金をして建設した。仮設オープンを2カ月後に控えた2012年9月、ミヲさんは入院先で85歳で亡くなった。

 京子さんは、母や震災で助けてもらった人たちへの感謝を込め、仮設の旅館を「小川旅館 絆館」と名付けた。名物は三陸の海の幸をふんだんに使った夕食だ。「もしまた津波が来て、おなかがすいていたら逃げられないから」と、10品以上を食卓に広げる。京子さんは「楽しそうに、おいしそうに食べてくれるお客さんの顔を拝見するのが一番の幸せで、一番望んでいること」とほほえむ。

 絆館はオープンから5年が過ぎた頃から、ボランティアや復興工事関係の宿泊が減り始めた。以降も台風被害などで客が激減。新型コロナが追い打ちをかけ、営業を続けるのも厳しい状況だ。元の場所に移転したくても、資金は十分ではない。せめて今の場所で仮設でない旅館を建てたくても「住宅専用地域」内であるため、被災後の「応急仮設建築物」として仮設のままでしか営業を続けられない事情もある。毎年、県への申請が必要で、先の見えない不安な日々が続く。

 それでも京子さんは「悩んでいても仕方がない。震災から年月を経て、生かされている気持ちを大事にしながら一日一日を大切に過ごそうとようやく思えるようになった」と語る。これからも毎日、食卓いっぱいの夕食で宿泊客を迎えるつもりだ。いつの日か、母や客と過ごした元の「小川旅館」に戻れることを夢見ながら。【横見知佳】


(毎日新聞)










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