社会

千々石ミゲルの遺骨? 長崎・諫早で人骨、木棺 天正遣欧使節

千々石ミゲルの遺骨の可能性がある人骨や木棺の痕跡が見つかった2号墓の内部=長崎県諫早市で2021年9月12日午前10時53分、杉山恵一撮影

 「天正遣欧少年使節」の一人、千々石(ちぢわ)ミゲルの墓と推定される墓所(長崎県諫早市多良見町)の第4次調査を進めている民間グループ「千々石ミゲル墓所調査プロジェクト」は12日、墓から木棺の痕跡と人骨が見つかったと発表した。ミゲルの骨の可能性もあり、今後性別や年齢などの確認作業を進める。

 この墓所はミゲル夫妻の墓と推定され、2017年に1号墓で実施した第3次発掘調査では、ミゲルの妻と推測される女性の骨と、ロザリオとみられるガラス玉などの副葬品が見つかった。

 ミゲルは16世紀末に九州のキリシタン大名の名代としてローマに派遣され、帰国後はイエズス会に入会。後に脱会、棄教したとされるが、副葬品の発見により棄教説に疑義が生じた。

 最後の大規模調査と位置づけている今回の調査は8月下旬に始まり、1号墓の近くにある2号墓の発掘調査を進めてきた。

 その結果、表土から深さ約1.6メートル地点で木棺(長さ140センチ、幅55センチ)の痕跡と、頭や胸の人骨などが見つかった。また、墓の造成時に墓碑が建っていた場所も特定された。刀やキリスト教の祭礼具などの副葬品は12日時点で発見には至っておらず、15日まで発掘作業を続ける。

 現地視察した発掘調査指導委員会の谷川章雄委員長=早稲田大人間科学学術院教授=は「墓碑の位置や墓所の造営プロセスなどが分かったのは大きな成果だ。(一連の調査で)潜伏期のキリシタン墓であることが明らかになり、文化財的な価値は高い」と評価した。

 ただ2号墓から発掘された木棺痕が土で直接覆われているなど、ミゲルが属していた上級武士の墓と考えにくい面もあるという。谷川氏は「現状ではミゲルの墓と断定できないが、可能性は高い。見つかった人骨の年齢や性別の鑑定が大事だ」と述べた。

 同プロジェクト代表で、ミゲルの子孫の浅田昌彦代表(68)は「先祖や地域の人たちがこの墓を大切にしてきた理由が分かった。残る調査期間で副葬品の発見に期待したい」と話した。【杉山恵一】


(毎日新聞)










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