
徳島知事の記者会見「60分ルール」は多選のおごりなのか
統一地方選が、23日の知事選告示からスタートする。現職で単独最多となる6選を目指すのが徳島県の飯泉嘉門知事(62)だ。徳島県で取材歴5年の記者は飯泉氏の出馬表明時に違和感を覚えた。それまでの約半年間の定例記者会見では奇妙な「60分ルール」に守られるような形で、かつてのように記者たちと最後まで向き合う姿勢が足りないと感じたのだ。このルールはどういうものか。そもそも許されるのか。
◇出馬表明会見で異例の謝罪
「知事にモノが言えない、話ができない。こうした構造があることに思い至らなかった」
飯泉氏は2月4日の出馬表明時にそう述べ、「心からおわびを申し上げたい」と陳謝した。立候補を表明する場では異例な言葉だ。記者も驚きつつ「我々(報道各社)も知事選出馬について十分に聞けない状況だったんだがなあ……」と、この半年ほどの会見で感じてきたもどかしさがよみがえった。
徳島県知事の記者会見には定例と臨時の2種類がある。新型コロナなど緊急を要する項目に限定する臨時会見に対し、原則として毎週金曜日にあるのが質問に制限のない定例会見だ。議会開会中はないので、2022年度は平均で月1・8回ほど。飯泉氏の考えを知る貴重な場だ。
定例会見では冒頭、飯泉氏が時にパネルや映像を使いながら県の施策や対応を説明し、発表項目についての質問に応じる。それが終わると発表以外の一般事項の質疑に移る。22年の秋以降、飯泉氏の会見で、聞きたいことをすべて聞くのは難しくなっていた。冒頭で触れた「60分ルール」とも言うべき時間制限があるためだ。
例えば、昨年12月16日の定例会見。開始から1時間あまりが過ぎたころ、質疑が続いているにもかかわらず、県担当者が「公務の都合がございます」と割って入った。県が公表している知事の動静などによると、飯泉氏の次の公務は約45分後の午前11時55分に始まった「庁内協議」だ。会見を直ちに打ち切る必要性があったのか疑問に思った。
このルール、徳島県以外の自治体ではあまり見られない。しかも、県側が報道各社と協議もせず一方的に始めたものだ。会見で午前11時が近づくと「そろそろお時間になります」などとせかし、昨年秋には「終了とさせていただきます」と県担当者が一方的に打ち切りを宣言した例もあった。
60分の質疑と聞けば十分な長さだと思うかもしれないが、先にも紹介したように知事の政策説明に長い時間が割かれる。もともと飯泉氏は、数値など細かな情報も含め自ら丁寧に説明しようと努める傾向がある。その姿勢は評価できるが、政策が五つ、六つあると、それだけで40分以上が経過する。知事選の去就など肝心の一般事項の質疑は短時間に限定され、やり取りが熱を帯びてきたころに終了という例が頻発したのだ。
◇会見終了宣告と重なる事情
県が公表している記者会見録によると、21年度の定例会見では県側が会見終了を促したことはなかった。「60分ルール」を感じた直近の半年は、飯泉氏の6選出馬が取り沙汰されるようになった時期と重なる。飯泉知事は過去の知事選に挑む際、選挙前年の11月県議会で出馬を表明していた。ところが昨年秋にはなく、「飯泉知事は次、出るんかいな」といった言葉が県民の間で交わされるなど関心が高まっていた。
県秘書課によると、「60分ルール」について記者クラブと県が交わした約束などはなく、かつては違った。飯泉氏の1期目(2003~07年)、当時も徳島県政を担当していた記者は定例会見も取材したが、1時間半を超えることも度々だった。飯泉氏は初当選時に全国最年少(当時)の42歳。若さ故か、長時間の会見をものともせず受けていた。
だが、昨秋以降は定例会見の度に知事選出馬についての質問が出て、60分では足りなくなった。会見で知事に求められているのが自らの考えの徹底的な説明だと理解すれば、会見時間を柔軟に設定できたのではないか。記者は何度か県の広報担当者に改善を求めたが、状況は変わらなかった。
徳島県秘書課は「定例会見については1時間を確保するという方針で、午前10時台に公務を入れないよう努めてきた」と説明。「会見中に担当者が声をかけたのは、会見を仕切っている幹事社の記者に向けてで、幹事社が自らの判断で会見を終了されたと考えている。県側が終了させたとは考えていない」と話した。【植松晃一】
◇質問打ち切り、他の5期目知事は「なし」
では、多選を果たした他の知事はどうか。現職知事で全国最多は5期目で、徳島の他は青森、宮城、栃木、岐阜、大分の5県。各県の広報担当者に知事の定例記者会見の対応を尋ねた。
5県のうち、青森は目安としている時間があると回答。担当者は「基本的に30分で終わる」としつつ、「状況によるが、時間が来てもメディアの質問には全て答えるようにしている」と話した。栃木と大分の担当者も平均的な会見時間の想定はあるとしたが、5県とも公務などを理由に「質問の打ち切りは行っていない」と話した。
◇「県政検証の機会奪う」
地方政治に詳しい法政大大学院の白鳥浩教授(政治学)は知事の多選について「政策の継続性があり、県民は安心して県政を任せられる大きなメリットがある」と話す。
一方で、一般論として「任期が長くなると『権力のおごり』が出てくることもある」とも指摘。「質問を打ち切ってまでも1時間で終わらせる定例会見に表れているのではないか。5期20年で知事の顔色をうかがうようになった職員が、そんたくしている可能性もある。メディア側の自由な質問が事実上、阻害されることは、県民が県政を検証する機会を持てなくなることにつながる」と警鐘を鳴らす。
今後4年間の県政運営の行方を左右する徳島県知事選。ロシアのウクライナ侵攻、記録的な物価高と国内外の情勢が目まぐるしく変わる中でウィズコロナ時代にも突入する。「特に今後の地方自治では、従来にない考え方が求められる」と白鳥教授は強調する。
これまで約3年間のコロナ禍で「スピード感のあるワクチン接種、病床拡充など感染対策は各知事によって全く異なった。地方自治は知事によって変えることができることが明白に示された」と指摘。地域経済の立て直し、歯止めのかからない少子高齢化に人口流出など、重要課題が山積している中、白鳥教授は「『過去と同じ』と県民に映らないよう、効果がなかった施策は改め、新しい政策を生み出すリーダーが求められている。そうした姿勢があるかどうか、各候補者をよく見て投票してみては」と提案する。【鶴見泰寿】
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徳島知事選には飯泉氏の他、共産新人の古田元則氏(75)、自民党元衆院議員の後藤田正純氏(53)、同元参院議員の三木亨氏(55)=共に無所属=が立候補を表明している。
(毎日新聞)