政治

首相「すべての子供たちに」はウソだった?

自民党公約と衆院選後の政府の考え方

 安倍晋三首相が衆院選で力を込めて訴えた「幼児教育・保育の無償化」を巡り、政府は認可外保育施設を対象から外すことを検討している。これを知った保護者たちから、怒りと落胆の声があふれ出している。首相の「すべての子供たちに」という言葉はうそだったのか。【中村かさね/統合デジタル取材センター】

 ◇圧勝2週間後に無償化揺らぐ

 政府の認可外除外方針は5日以降、毎日新聞などが報じている。

 「ちーがーうーだーろー!」。待機児童問題に取り組む市民グループのメンバーで東京都世田谷区の男性(41)は、流行語の書き出しに続いて「認可(保育所)に入れる人と入れない人の格差が広がり、認可への申し込み殺到が予想されます」とツイッターに投稿。これまでに約4000件リツイート(拡散)されている。

 安倍首相は衆議院解散を表明した9月25日にこう言った。「2020年度までに3歳から5歳まで、すべての子どもたちの幼稚園や保育園の費用を無償化します。0歳から2歳児も所得の低い世帯には全面的に無償化します。待機児童解消を目指す安倍内閣の決意はゆらぎません」。自民党の公約にも「3歳から5歳までのすべての子供たちの幼稚園・保育園の費用を無償化」とある。

 だが、自民党の圧勝からわずか2週間後にくつがえされようとしている。

 市民グループは、ツイッター上で「#保育園に入りたい」というハッシュタグ(検索用キーワード)を使って活動している。選挙中は「保守」「リベラル」など政権の枠組みを巡るイデオロギーにこだわらず、子育て支援に取り組む候補を見極めようと主張。「無償化より待機児童解消を優先すべきだ」と訴えてきた。「ただでも認可の枠をめぐって激戦なのに、無認可を無償化から除外すれば血で血を洗う状況になる」と男性は言う。

 グループはさっそくツイッター上で、認可外施設を無償化対象から除外することへの賛否を問うアンケートを6日に開始。こちらも1日で約4000票が集まり、その8割が「反対」だ。

 ◇認可に落ちたのは自己責任か

 なぜ、認可外施設が除外されるのか。保育士の配置や面積などの基準が認可施設よりも緩く、無償化の対象にすることで政府が認可外施設の利用を推奨していると受け止められかねない−−というのが政府側の言い分だ。

 1歳の長男を育てる東京都杉並区の女性(39)は、怒りが収まらない。「妊娠中から保活に悩んでいました。認可施設に落ち、やっとの思いで認可外施設に滑り込んだのに。これって自己責任ということですか?」

 女性の長男は、東京都が独自に定める基準を満たす認証保育所に通う。利用料は認可保育所より高いが、同区が差額を補助する。それでも「認可外施設」であり、無償化の対象から外れる見込みだ。都の担当者は「認可が無償化されれば、ますます差が広がる。自治体による差額補助には限界がある」と話す。

 認可外利用者の4割は、認可に落選した子供たちだ。中でも認証保育所や企業主導型保育所は「認可外」だが公的な補助を受け、国が公表する待機児童2万6081人にもカウントされていない。安倍政権は待機児童対策として2020年度までに32万人分の保育の受け皿整備を目指すとしているが、それらをすべて認可施設でまかなえるわけでもない。多様な保育の受け皿として期待されてきた企業主導型や地域単独の保育事業が無償化の対象から除外されれば、事業者の参入を妨げ、待機児童解消がさらに遠のくことになりかねない。

 野村総合研究所の武田佳奈上級コンサルタントは「希望する認可に入園できなかったうえに無償化の対象からも除外されるのは、当事者を二重に窮地に立たせることになる。公平性の観点からも疑問を持たざるを得ない」と指摘。「無償化対象の保育所に入れないなら申し込み自体をあきらめる、という人も出てくるかもしれない。待機児童の見える化はますます困難になる」と懸念する。

 ◇広告と違うものを売りつける

 聞こえのいい公約を掲げ、選挙後に尻すぼみになる。これを専門家はどう見るか。

 元三重県知事で早稲田大マニフェスト研究所の北川正恭(まさやす)顧問は「選挙や公約の信頼感をなくすことになり、大きな問題。有権者とメディアは、きちんと文字と数字で検証すべきだ」と警鐘を鳴らす。「党内で徹底的に議論して合意を得たものが公約になるべきなのに、今その経緯を踏んでいない。今回の公約は安倍総理の願望の羅列に過ぎず、選挙後に現実的な議論が出てきたのだろう」と見る。

 政治アナリストの伊藤惇夫さんは「そもそも全面無償化は財源にも無理があり、バラマキだと思っていた。無償化よりも誰もが安心して預けられる保育所を増やすべきだ」と述べ、公約を宣伝チラシに例えた。「店に入ったら広告と違うものを売りつけられる、ということ。公約の中身とのくいちがいはきちんと指摘し続け、次の選挙で評価を下すのを忘れないことが大事です」


(毎日新聞)