社会

津島の田植踊、映像で残す「復活の日を信じたい」

「津島の田植踊」の練習に励む津島地区の住民たち=福島県二本松市北トロミの浪江町役場二本松事務所で7日、尾崎修二撮影

 東京電力福島第1原発事故に伴い避難指示が続く福島県浪江町津島地区に200年以上前から伝わる郷土芸能「津島の田植踊(たうえおどり)」を後世に残すため、住民たちが14日に一日限りで踊りを復活させ、映像をカメラに収める。古里で踊りを再開するめどが立たず、手ほどきする人がいなくなる前に記録を残しておこうと決めた。「復活の日が来ると信じたい」。未来の住民への贈り物にするため、避難先で稽古(けいこ)に励む。【尾崎修二】

 「ソーリャ」「セイッ」。事故後に同県二本松市に建てられた町仮役場の会議室。県内各地に避難している町民約20人が集まり、笛や太鼓を鳴らし、掛け声にあわせて踊った。

 県重要無形民俗文化財で、津島地区の四つの集落で毎年1月に披露されてきた。鉢巻き姿の踊り手らが数日かけて家々を回り、田植えや稲刈りの様子を演じながら輪になって踊り、豊作や一家の幸せを祈念した。

 津島地区は空間放射線量の比較的高い「帰還困難区域」に指定され、全域で避難指示が解除されるめどは立っていない。避難先に定住する人は増えており伝統を知る人の高齢化も進む。踊りの存続を危ぶんだNPO「民俗芸能を継承するふくしまの会」が南津島集落の郷土芸術保存会に映像の記録を打診したところ、住民有志が昨秋に集まって実現した。

 同県大玉村に避難している高校教諭、今野充宏さん(52)は娘と息子の4人と一緒に参加。26年前に津島にある妻の実家に移り住んだとき、義祖父らの勧めで田植え踊りに加わり、地域に溶け込むことができた。「じいさまたちが残した伝統を守りたい。子どもにも伝えたい」と意気込む。

 保存会会長の三瓶専次郎さん(69)は持病を押して稽古に臨んでいる。避難先で亡くなったメンバーもおり「田植え踊りや神楽は誇りだった。自分の代で伝統を絶やすわけにはいかないとずっと悩んでいた。参加してくれる仲間には感謝の気持ちでいっぱい」と話す。二本松市内のホールで行う14日の記録会には町民らも招く予定だ。

 ◇津波・原発事故で260の芸能休止 福島

 民俗芸能学会が2011〜13年度、文化庁の委託で実施した調査によると、福島県沿岸部の伝統芸能約350のうち、津波と原発事故で約260が休止を余儀なくされた。

 調査団長を務めた懸田弘訓(かけた・ひろのり)さん(80)=県立博物館元学芸課長=によると、沿岸部の田植え踊りは事故前に途絶えたものを含め70近くも存在。北東からの冷たい風「やませ」などの影響で不作や飢えに陥ることが多い土地柄だったため、豊作を祈って広まった。

 懸田さんは「民俗芸能を継承するふくしまの会」を15年に設立し伝統芸能の復活・保存を支援する。現在も県沿岸部では200前後が休止したままといい「芸能や祭りは単なるイベントではなく、古里そのものだ。人を結び、支え合う心を育んだ文化を絶やしてはいけない」と指摘する。


(毎日新聞)