経済

貿易自由化に挑む農水産業の現場…輸出先で和牛調理の講習会、香り特長のユズを欧州売り込み

澤井牧場の牛舎で育てられている近江牛=滋賀県竜王町で2019年3月19日午後3時24分、宇都宮裕一撮影

 日本を含む11カ国による環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の発効など貿易自由化への流れが加速し、日本の農水産業は正念場にある。安価な外国産の流入は、高齢化や担い手不足など課題が山積する生産現場には死活問題だ。だが、縮小する国内市場への危機感などから、国際化に前向きに挑もうとする動きも各地で広がる。

 ◇すき焼きに目を見張はるベトナムの精肉業者ら

 「切ることを含め部位に適した肉の調理法を知れば、すべて高く売れます」。国内指折りのブランド牛、近江牛を生産・販売する澤井牧場(滋賀県竜王町、澤井隆男社長)が昨年12月にベトナムで開いた、和牛の加工・調理法の講習会。日本人の講師が肉をさばいたり、ローストビーフやすき焼きなどを作ってみせたりすると、参加した現地の精肉業者らは目を見張った。

 澤井牧場は10年近く前から、こうした講習会を東南アジア各国で繰り返し開く。2007年に始めた輸出の拡大が目的だ。貿易自由化で負の影響が指摘される牛肉。だが、澤井牧場は「世界で通用する」と守りには入らなかった。高級牛肉の分野でも国際的な競争は激化しているといい、澤井社長は「日本での流通や調理方法まで現地に輸出するつもりでないと、消費量は増えない」と強調する。

 規模の拡大も進め、この2~3年で牧場の飼育能力を1600頭から2200頭に上げた。今では生産量の3分の1強を海外向けが占め、輸出先はアジアを中心に米国や豪州に広がる。澤井社長は「輸入品に萎縮してはいけない。開拓の余地はまだある」と、さらに輸出を増やしたい考えだ。

 ◇ブランドの保護登録を受け販路を拡大へ

 近年、輸出を伸ばす果実。イチゴやモモなど国内競争で磨き上げられた品質は海外でも評価され、幅広い品目が海外に向かう。

 徳島県南西部の山深く、那賀町木頭地区を中心に作られるユズは、土地特有の寒暖差が育む色・つやの良さと強い香りが特長だ。ユズといえば隣の高知県産が名高いが、先に産地化したのは木頭という。その木頭のユズが14年から、実のまま欧州に輸出されている。

 「向こうの人は香りに敏感。現地の展示会でもかなり興味を示していた」と、輸出農家の第1号となった西岡稔高さん(50)。欧州でもデザートや料理の前菜などとして使われるユズ。しかし、検疫が厳しく、農薬の使用にも制限があり、実の輸出には手間がかかる。それでも「販路拡大につながれば」と挑戦した。

 輸出先は仏、独の2カ国。那賀町などと連携して輸出を促進してきた阿南農協(徳島県阿南市)によると、輸出量は、本格化させた15年度の0・8トンから17年度には1・7トンに拡大。17年には、欧州でブランドが保護される地理的表示(GI)の制度で「木頭ゆず」として登録を受けた。

 ただ、安価なスペイン産などとの競争も激しく、18年度の出荷は約3割減。農家の収益を向上させる仕組み作りも課題で、輸出農家は西岡さんを含めまだ4軒にとどまる。農協の担当者は「欧州以外にも広げ、量も倍、3倍と増やしたい」と目標を語り、西岡さんも「もっと世界にアピールしたい」と意気込む。

 ◇72頭の乳牛を一度に搾乳できる最新設備

 将来を見据えた動きもある。岡山県笠岡市の干拓地で酪農を手掛ける希望園は、急ピッチで大規模化を進める。生乳は衛生面などから輸出入は難しいが、チーズなどの加工品の流通が増えた場合の影響や輸出入に耐える技術の進化は未知数だ。北米で酪農を学んだ経験もある山本真五社長は「日本は大規模化や品種改良の面で欧米より10年遅れている」と指摘する。

 園内で目を引くのが、直径が16メートルあり、72頭の乳牛を一度に搾乳できる回転式の最新設備「ロータリーパーラー」。牛を1頭ずつ仕切られた区画に誘導して搾乳機を取り付ければ、台が1回転する約10分の間に搾乳が終わり、牛は自ら牛舎に戻る。少ない人手で短時間での搾乳が可能だ。他に牛舎の新設など設備面だけで投じた費用は20億円。17年に約600頭だった飼育数を来年までに2700頭に増やす予定で、山本社長は「競争となれば拡大は必要。一部をブランド化して質も高めたい」と話す。

 ◇輸出額、19年に1兆円超え目指す

 昨年12月にTPPが、今年2月には日本と欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)が相次いで発効し、米国との間では自由貿易協定(FTA)も視野に入る。農林水産省は、加工食品も含めた輸出強化の旗を振り、産品の高付加価値化や産地の規模拡大などに予算を付けてきた。実際、輸出額は12年の4497億円から18年は9068億円と2倍に急増。19年は1兆円超えを目指す。

 輸出の仕組みも多様化し、近年活発化するのがインターネット経由で海外に商品を販売する越境Eコマース(電子商取引=EC)だ。大手旅行代理店のJTBは17年に専用サイトを開設。JTBの提携業者が商品輸送を担当するが、検疫の手続きや外国語での対応なども代行し、「面倒な手続きがない」と生産者側にも好評だ。登録する生産者・団体は開設当初の10倍の50に増え、取り扱う品も16から400品目に。香港などの若い世代に、イチゴなどの果物が人気という。

 だが、輸出で生産現場が抱える課題が解決されるわけではない。カロリーベースでの国内の食料自給率は1965年度の73%から低下を続け、17年度は38%と4割を切る。農林中金総合研究所の清水徹朗・理事研究員は産業全体の底上げの方が優先順位が高いことを指摘した上で、「輸出は外の市場を知る良い機会でもある。農家単独では難しく、組織的な取り組みが必要だ」と話す。【宇都宮裕一、釣田祐喜、井上直樹】


(毎日新聞)








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