首里城再建、沖縄県の役割はどこまで? 所有権は今後どうすべきか? 自立・地方自治に影響


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 玉城デニー知事は、首里城再建に向けた国と県の役割について国と協議の上で決定する方針を示し、所有権の移転も議論する必要があるとした。首里城の再建を巡っては、経済の自立や地方自治の観点から、県が所有や管理の主体となるべきだとの指摘もある。県民の間では精神文化の支柱である首里城に寄せる思いも強い。県がどのような役割を果たすべきか、県民の議論が鍵を握る。

 現在、城郭内の土地は沖縄総合事務局が所有権者となっている。1989年に文部省から所管が替わった。首里城は戦前は首里区、戦後は首里市の所有だった。しかし国宝の首里城内の建造物は沖縄戦でことごとく灰じんに帰した。

 戦後、沖縄を統治した米軍政府は首里城跡地に大学設置を決め、首里市から土地を譲り受けて琉球大学を設置した。72年の沖縄の日本復帰で琉球大学は国に移管され、国立大学になったことに伴い、土地の所有権も当時の文部省に移った。

 72年、首里城は「首里城跡」として国指定史跡に指定された。首里城復元を求める県民世論の高まりを受け、82年、当時の西銘順治知事は琉球大学の移転に伴い、史跡指定地域に首里城の復元整備を行う方針を示す。84年には「首里城公園基本計画」を策定した。

 官民を挙げて政府に要請し、86年には城郭内側の約4ヘクタールを国営公園として国が復元整備することが閣議決定された。一方、城郭の外側は県営公園事業として県が主体となり整備してきた。

 首里城を管理運営する沖縄美ら島財団が契約している損害保険会社は、建物や収蔵品を含む首里城有料区域全施設の損害保険評価額を100億3500万円と査定した。保険金の支払限度額は70億円だが、今後いくら支払われるかが査定される。消失した建造物は当時の費用で約73億円だったが、今度の再建では資材高騰などで建造費が膨らむとの見方が強い。

 一方で全国には地震で被害を受けた熊本城の復旧を進める熊本市など、国の高率補助と寄付などで復旧費用を賄っている自治体もある。

 沖縄は日本復帰当時と経済状況が異なる。沖縄国際大の前泊博盛教授は「県が再建を進めることは、国にも基地にも依存しない『自己決定権』『自律経済』確立と行政の力量を高める機会にもなる」と指摘する。「自分たちの魂は自分たちで守る」という再建に向けた気概が県民の間でどれだけ強まるかが、県と国の今後の協議に影響を与えそうだ。
 (中村万里子)